神子を縛るもの
城に戻って部屋に運ばれた果胡は、思い出したことを全てリタに話した。神子を犯して、神の力を手に入れたがっていた複数人の男に襲われたこと、樹海の中で何回も刃物で刺され、身体は動けないのに意識は手放せない状態だったこと。そのまま強姦されたこと。
「…死因は、子宮破裂による出血性ショック死…だと思います」
リタの反応は特別なかった。努めて淡々と話す果胡の声を、視線を床に固定したまま聞いていた。驚きも怒りも悲しみも見せず、ただ、果胡と同じように淡々と。
果胡の話が終わると漸く、息を一息ついて、そうか、とだけ呟いた。今までずっと息を止めていて、やっと呼吸ができたとでもいうように。
「…さっき、店に来た男達に不意を打たれて腰の辺りを触られて…、思い出しました」
「…触られて、」
「はい。記憶のどこかにはあったんでしょうね。身体を這う気持ちの悪い感触、皮膚を突き破る痛み、好意ではない体温に触れられることが思いの外拒否反応がすごくて…」
果胡の身体ではなかったはずなのに、嫌悪感だけが鮮明に情報として果胡に残っている。落とした記憶を拾うきっかけになったのは良かったが、出来れば違う形はなかったのか。今は大分落ち着いて震えも止まったけれど、未だ触れられたあたりに違和感を感じる。
「どこ?」
「はい?」
無意識に腰の辺りを擦っていると、唐突にリタが少し鋭い目を向けてくる。果胡に対する感情ではないと分かってはいても、ドキリとする目だ。
「どこ触られた?」
「え?あー…んー…、ここ、らへん?」
「見せろ」
「えっ!?ちょっ…、はい!?」
リタは言うや否や、ベッドに座っていた果胡の後ろに回り込んで、服をガバリと捲り上げた。抵抗する間もなく、というか抵抗するという考えを抱く間もなく、果胡の背中はひやりとした空気に晒される。触られただけで、怪我したわけでもないので痕が残っているわけがないのだが。
「ちょっと……、リ…ひゃっ!」
「じっとして」
ぴと、とそこに増えた指先が想像よりも遥かに冷たくて、果胡は変な声が出る。いつもなら突っ込みが入る所に、低く、鼓膜に滲むような声が掛かる。肉感的な艶気を含んだ音は、思わず息を止めて従わなければならないような、そんな響きに、果胡は身を固くした。すっと冷たい指先が通った感覚は、先程感じたものと随分違っていて。
「…リタ…、何を…」
「上書き」
「?」
指先から順々に肌に触れる面積が増えて、最終的にはリタの手の平が果胡の腰を包むような状態になる。お互いの体温が触れている位置で混ざり合った。
「これでチャラだ。必要な情報は俺が聞いた。───…だからもうお前は思い出さなくていい」
そんな恐怖を。
果胡の肩口で揺れる声が、疲れて眠ってしまいそうに掠れている。
返事をする代わりに、果胡は腰に触れるリタの手に自分の手を重ねた。
***
神子を巡る問題は数えきれないほどある。先日の戦争もそう、オリヴィアを巻き込んだ強姦もそう。どこから始まった噂がどう派生してしまうのか、誰も知りはしない。勿論、人間が作る話なのだから、みんな大好き神様だって知るわけがない。神は全知全能ではないのだ。
それは人間と神の間の存在、神子だって同じことで。
「うわ、これ見て下さいリタ。すごくないですかこれ。神子の血肉を喰えば永遠の命と神力が手に入るって。カニバリズムえぐい」
「乾燥肉頬張りながら言うお前の方がえぐいと思うけどな」
つーかここ飲食禁止、とリタは注意書きがしてある自分の真上の張り紙を指さす。あ、と今更気が付いた果胡だが、言われなくても書庫は普通飲食禁止である。だが、食べてしまったものは仕方がない。口から出すわけにもいかないし、独特な匂いの残りの乾燥肉をポケットに放り込むわけにもいかないし、果胡は誰かに見つかる前に急いで持っていた乾燥肉を口に放り込んで嚥下した。ちなみに乾燥肉とは、ビーフジャーキーのようなもので、腹が減ったという果胡の為に、リタが厨房からくすねてきた。
「何も今食わんでもいいだろ。後数時間もすれば夕食だし、何故俺が厨房にどやされる危険を冒してまでお前の食料を調達して来ねばならん」
「だって私丸一日食べてなかったんですよ?早急に何か食さねば危険な状態に陥るところでした」
「さいで」
オリヴィアが死んだときのことを思い出したその日、果胡は極度の眠気に襲われ、そこから丸一日眠り続けた。仕事も入っていたが、男に襲われそうになったことを上手くかいつまんでリタがエリスに説明すると、エリスはすぐに果胡のことを見舞って診察しに来た。
目を覚ました果胡は、思いの外ケロリとして空腹を訴えたのだが、エリスには少なくとも三日間の休養を強制されている。パワハラだ。
果胡がウロウロしてエリスに見つかってもまずいということで、リタが何かつまめるものを、と厨房に忍び込んだのだが、絶賛夕食の準備で忙しい厨房は人がたくさんいて、盗めるものは食糧庫の保存食しかなかったのだ。
そして、自分の転生について新たな情報が分かり、じっとしていられない果胡は書庫に向かった。
「リタもお仕事戻って大丈夫ですよ?調べものくらい一人で出来ますし、閲覧禁止の本もちゃんと把握しています」
「エリスにお前を見張っておくよう言い遣っている。本当は殴ってでもベッドに張り付けておけとの命令だ」
「拷問」
リタは並べてある本のタイトルを端から順に気怠い目で追っていく。その途中で少しだけ果胡に目線をやりながら、関連がありそうな本を人差し指で引き出して手に取った。
「エリスも気に病んでるんだろ。あんま気苦労増やしてやるなよ」
「気に病んでる?どうしてですか?」
「果胡が襲われたと聞いて、エリスの奴、顔面蒼白だったぞ。あんな場所に一人で行かせた自分の責任だって」
「…そんな、」
「お前がそう思っていなくても、責任を感じる人間はいるんだよ。人と関わって生きる限りはな」
パラパラと捲っていく本を、リタの目がちゃんと文字を追っているのかは分からない。伏せた睫毛の隙間から、ブルーグレーの水晶がチラチラと覗くばかりだ。
目が見えないからか、リタの意図は果胡には読めないけれど、言われていることは分かった。
「…ご迷惑…おかけしまし」
「違う」
「え」
果胡が床に落とした目線で小さくそう言うと、全て言うことは許されないようにリタの声が被さる。
「こういう時は違うんだよ。お前はいつもそう言うけど、誰も迷惑だなんて思っていない。皆が思ってるのは、心配だけだ」
「……、…ご心配、おかけしました…?」
「それでよし」
本から上げたリタの表情が、優しくも悪戯にニッと微笑みを浮かべた。少年リタが僅かに残る、幼さを含んだ顔だ。
懐かしさと新鮮さと、果胡はどちらの感情を抱いていいのか迷っていたところに、今度からあの店に行くときは保護者同伴だとか自分に一報しろだとか注意事項を並べるものだから、何も頭に入らなかった。
呆けている果胡に気が付いたのか、リタは果胡の目の前まで近寄ってきて、持っていた本の角でコツンと額を小突く。
「いった!?武器駄目!凶器反対!」
「ほら、これ見ろ」
「……?」
リタは武器もとい本を、果胡の目の前に開いて見せる。あまりに近すぎたそれに、少し身を引いて焦点を合わせると、箇条書きにした文章が目に入る。
一つ、神子とは神力によって神託を受ける者である。
一つ、神子とは神と人間の狭間に立って世界を操る者である。
一つ、神子とは一時代に一人、世界に一人、対象以外の神子なるものは排除すべき者なり。
一つ、神子とは魂であり、身体ではない。
一つ、神子とは人間の為に神への捧げものとなるべき者である。
一つ、神子とは純潔を守る者であり、それを犯せば報いを受ける者なり。
一つ、神子は魂をこの世界に転生させる義務がある。
まるで、神子を縛る七箇条を記しているようだった。




