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蓋が開く死の真相

思い出した


思い出した


思い出した



自分が死んだ理由を



自分が死んだ光景を







「うるせぇよ!静かにしろ!」


男は果胡の服の中から手を引き抜くと、その手で髪を掴んで果胡を乱暴に払い投げた。男の力は容赦がない。果胡は叫ぶ声を止められた代わりに、身体を強く床に打ち付ける。


「っ!!」

「カコちゃん!」


店主が駆け寄り、抱き起こしてくれた身体は酷く震えていた。大袈裟でも何でもなく、自分の身体が言うことをきかない。店主が落ち着かせようと背中を擦ってくれる感触さえ麻痺してよく分からない。


「す、すみ、ませ…っ、」

「喋らなくていいから、カコちゃんはじっとしていなさい」

「…な、に、を……」


運動をしたわけでもないのに荒くなる息を、どうにかそれ以上暴走させないようにしながら、ゆっくりと立ち上がった店主を目で追う。曲がっていたはずの腰はピンと伸び、男三人の前に立った姿はとても老人だとは思えない空気を纏っていた。あまりの変容ぶりに、男も眉を顰めた。


「あん?何だ、ジジイ」

「この子は私の客だよ。暴力を働くことは許さない」

「暴力ってほどのことじゃないだろ?怪我したわけじゃあるまいし」


怪我、していないのか?

果胡は自分の身体を見える限りで確かめた。確かに見た目ではどこからも血が出ているわけでもない。ただ、打ち付けた腰や肩は痛いから痣にはなりそうである。

少なくとも無傷ではないのだが、今果胡には歯向かうような力も気力もない。目線だけは強く男を睨み付けられるのだが、脚に力が入らなくて立ち上がることさえ適わない。




だが、果胡の代わりに店主が動く。







「今日のところはお引き取り願おうか」


「────…っ!」







言葉こそいつも通り穏やかなものだが、この場にいた誰もがゾクリと背筋を凍らせた凄んだ声は、地を這い、もはや誰のものかも分からない。まさかこの老人から発せられている気配かと疑いたくなる空気に、男は思わず一歩後退りしたが、すぐに自分を取り戻して筋肉を膨れ上がらせた。


「ジ、ジジイが凄んだって何が変わるってんだよ!」


男は店主の襟元を締め上げ、踵が浮くくらい持ち上げた。痩せた店主はそう重くはないだろうが、それでも人一人の体重だ。浮き出る筋肉は伊達ではないらしい。

牙を剥く男にも、店主は無表情を崩さない。いや、むしろ待ち上げられた位置から見下ろす瞳が酷く冷たく、空気を凍らせそうに降り注いでいた。それが()()()()()()()()()()()()と分かった男は、みるみるうちに顔を青ざめさせていく。




そして、いつの間にか男の手は、店主によって掴まれていた。




「あいててててて!!」


服を掴む指が開いてしまう程に男の手首に加えられた力。皺くちゃな手のどこからそんなものが出てくるというのか。さらに、男の手は店主から離されただけではない。そのまま自身の背中まで捻り上げられ、気が付いたら店主の眼鏡がすぐ目の前にあったのだ。





「お引き取り願えるかい?───…クズ共」


「────…っ!!」





その地獄への誘いのような声色は、果胡にだけ聞こえていなかったが、男達が幽霊でも見たかのように尻尾巻いて出ていったので、店主が余程恐ろしかったのだろうということだけは分かった。










***











「立てるかい?カコちゃん」

「すみませ…、大丈夫です」

「どこがだい。まだ震えているじゃないか」


店主はご丁寧に男三人が見えなくなるまでお見送りし、またおいで、と笑みを湛えていた。そしてすぐに果胡の元まで戻り、椅子を用意して果胡をそこへ座らせてくれる。腰は再び曲がってしまったし、皴が刻まれる手もそのままだったけれど、支えてくれる力は強い。


「あ…、あの…、あなたは一体…」

「うん?」

「あんな屈強な男達を圧倒させるなんて、とても只者だとは思えないんですが…」

「ああいや、私はただの薬屋だよ。只者じゃないと言われればまぁ、昔ちょっと騎士をやってたくらいなんだがね」

「えっ…、騎士を?」


短い間だったけどねと笑いながら温かい紅茶を淹れてくれる。渡してくれるその手には、よく見れば立派な剣だこがあった。素人目でもよく分かる。俄かな騎士でもない。明らかに一番隊レベルに上り詰めた剣豪だ。

もう随分と腕が鈍ってしまったと照れる店主だったが、潜む覇気と実力は分かる者には分かる。だからこそこんな危険な場所でも店を開いていられるのだ。果胡が店主の身を案じたことなど恥ずかしくなるくらいに、この人は今でもかなり強い。


「なんかすみません。私失礼な心配をしていたんですね」

「え?何のことだい?」

「こんな強い人を見た目で判断して、強盗とかに気を付けろだなんて」

「いやいや、私は嬉しいよ、カコちゃんが心配してくれたこと。そんな風に言ってくれる人、今ではあまりいないからねぇ」


カウンターの特等席、店に入ってきて一番良く見えるところには、亡妻の写真が飾ってある。そこに向ける店主の目は優しく切ない。今でも変わらない思いが溢れていた。

一人身になってから随分と常連客に助けられたと店主は噛みしめるように呟いた。店はもう畳もうとしていたところを支えられたと。妻の為に、自分の為に、生きた証を残してほしいと。


「歳を取ってから思うように身体が動かなくなって、騎士は引退したんだけどね。さっきみたいなゴロツキ相手だったらまだどうにか相手できるみたいだから、今更ながら騎士をやっていて良かったと思うよ」

「いつまで騎士をされていたんですか?今の国王様の時にはもう?」

「この店を始める前だから…三十年ほど前かな。私ももうすぐ九十二の歳になるからねぇ」

「きゅ……」


果胡は一瞬震えが止まるくらい驚いた。今、九十二と言ったか。いやまさか。九十二の老人が筋肉豊富な男の手を締め上げて追っ払っただと?そんなまさか。確かにその光景を自分の目で見ていたのだが、あれが夢だったのかもしくは年齢を聞き間違えたのか。


「九十二?八十二ではなくて?」

「いやいや、こんな老人にお世辞はいらないよカコちゃん。まあ九十二でも八十二でも老いぼれになってしまえばどちらも変わらんのだけれどねフォッフォッ」


いや、確かに八十二だとしても考えられない殺気を醸し出していたけれど。本人はさも大当たりな冗談をかましているつもりだが、聞いている果胡としてはさっきの光景の方が冗談だと言ってくれた方がまだ信じることが出来る。

嘘を言っているわけでもなさそうだし、三十年前も騎士だったアリスター辺りに訊けば分かることだが、俄かには信じがたいと、果胡は頭を抱えた。店主はそれを具合が悪いのかと勘違いしたのか、慌てて大丈夫かと顔色を覗き込んでくる。


「お遣いがまだあるのかい?今日はもう帰った方がいい。私が城まで送るよ」

「あ、いえ、大丈夫です。残りの買い物は帰り道ですし、一人で帰れますよ」

「それじゃあ私が心配で堪らないよ。私では頼りないのであれば、せめて迎えに来てもらいなさい。連絡してあげるよ」

「え、あ、…ちょっ…」


頼りないわけあるはずないのだが、店主は一人で納得して、果胡の返事も聞かず奥の方へ姿を消した。

まずい。これでエリスにでも連絡されたら。果胡は再び震えが止まらなくなる思いをするのであった。








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