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染まらぬ色

「一つ訊いていいですか、リタ」

「何だ?」


筋が浮き沈みする首の後ろ、自然に切り揃えられた襟足を見つめながら、果胡は気になっていたことをこんなタイミングで零し出す。別にこのタイミングを狙ったわけではない。思い出したのがたまたま今だったのだ。


「リタは何故雑用係なんですか?騎士に従事しないんですね」

「性に合わないからなぁ。騎士っつっても、一応俺は一番隊だから、騎士として動くとしたら有事の際くらいだし」

「日々の訓練があるでしょう、この前みたいに」

「訓練は給料低いんだよ。厨房手伝った方がいくらかマシ」


騎士の給料事情をこんな形で聞くことになろうとは。

世間一般的に国に従事する者、簡単に言えば公務員的な職業はこの国では給料が高い。散財して遊び暮らせるほどはないが、普通に生活していれば不自由ない暮らしを築けるはずだ。騎士は階級によって給料が異なるが、三等騎士だって借金するほどの給料ではないはずなのに、リタは何故常に貧困を嘆いているのか。一等も一等、特別一等騎士で、しかも王室付なのだから、貯蓄できるほどもらっているはずなのだが。


「それも疑問だったんですよ。何でそんなにお金に困ってるんですか。王室付の騎士が借金まみれだなんて、国が正当に給料支払っていないみたいじゃないですか」

「まみれてなどいない。城下町にある二軒の居酒屋と三軒の武器屋だけだ!」

「まみれて地獄じゃないですか」


胸を張るのは、これでも少なくなったからだということらしい。特別一等騎士の給料を、一体どんな使い方をすれば借金するようなことになるのか。

リタは計画的に効率よく暮らしていくタイプだと思っていたのだが、ちょっと見ない間に金遣いの荒くなってしまった幼馴染に果胡は頭を抱えそうになった。


「でも、アリスターはリタに訓練に参加してもらいたそうでしたけど」

「参加じゃなくて指導しろって言ってんだよ、あの人。ボーナスなしで」

「すればいいじゃないですか。兵が育てばリタの騎士としての仕事も楽になるかもしれませんよ」

「俺指導できねぇもん。教えるのすんごい下手」

「下手そう」

「………」


自分で言っておきながら、果胡が同意するとリタは不満そうに眉を寄せた。

天才は無意識で天才だから、人に教えられないというのはある意味通例だ。リタが誰かに指導している姿などオリヴィアだって見たこともないし、想像も出来ないけど、明らかに下手そうだ。

それに、リタの剣は型も整っていないし、他人が真似しようとすれば身体を痛める。だから教えられないと彼は言うが、単に面倒だからと顔に書いてあった。いくら特別一等騎士でもリタはリタだ。根幹は変えられない。

アリスターは苦労しているだろうなと同情を覚えながら、果胡はリタの肩口からひょこりと顔を出す。


「あともう一つ訊いていいですか」

「今度は何だ」


リタは物陰から少し先を睨むようにしたまま、果胡が前に出過ぎないように腕を伸ばした。







「私たちは一体何をしているんですかね?」


「さしずめ、潜入捜査ってところかな」






神の森に入る為の門。私たちは今、そこをどう突破するかということを考えていた。


「確かに任命の儀を見たいとは言いましたけど、何もここまですることでは…。バレたら絶対バートに大目玉ですよ!?」

「神子の仕事が一般公開される機会なんてそう多いものじゃない。制限されているとは言え、人が集まる時に忍び込んだ方が紛れるだろ」

「とは言っても、門番二等騎士の章飾付けてません?あそこを抜けるの難しそうなんですけど」

「馬鹿言え、こっちは特別一等騎士がいるんだぞ。大船に乗った気でいろ」

「肩書きに胸を張るタイミング合ってます?」


いくら何でも門番と戦うわけじゃあるまいし、騎士の一等二等は身分の高さを示すものではない。リタは騎士としては古株だが、年齢としてはそんなに上であるわけではないし、訓練も殆ど参加していないので、お世辞にも好かれているとは言えない。ただの生意気な小僧だ。


国の式典が行われるのはその殆どが城か託宣の間。神子が神託を受ける流れがある式典については託宣の間で行われる。戴冠などの儀は神託を受ける(実際は神は寝ている)ので今回の特別騎士任命の儀もまた託宣の間で行われる。

基本的に託宣の間は神子のみが自由に出入りできる場ではあるが、式典が行われる際は神子が認めた者のみ出入りが許される。同時に託宣の間がある神の森もまた同じ条件となり、部外者は厳しく侵入を禁じられる。

この場合、式典に国王が参加するのは当然なので、王室付騎士のリタも同行を許されている。ただ、果胡は今何の関わり合いもないただの城の使用人。許可を申請することさえ許されない。


「リタ、あなたは行ってください。式典に遅れますよ」

「お前一人じゃあそこは抜けられねぇだろ。俺の顔利かせれば、あの門番たちは騙せるから。こんな時の王室付特別騎士だよ」

「違うと思います」


騎士の最高峰と言える肩書きをなんてことに使おうとしているんだ。

リタは果胡を関係者として神の森を通そうとしているが、リタの顔が利いたところで恐らくそれは難しい。国のトップである国王だろうと事前の許可がなければ入れないのだ。どんなに上手い言い訳を思いついても、イレギュラーの人間が中に入れる可能性は万に一つもない。


正攻法では。


「私が一体どれだけこの神の森から繋がる託宣の間にお世話になっていると思っているんですか。恐ろしい存在から命からがら逃げた先が、温かく迎え入れてくれる母のようなこの場所であったことは数知れません。何者からをも隠し守ってくれ、震える私を優しく包み込み、常に拠り所となってくれた。もはやここは私の心の逃げ場だと言っても過言ではなかったんですから!」

「文字通り逃げ場だったろ。バートからの」


言ってもそんなに頻繁に使っていたわけではない。今日はバートが絶好調で逃げ切れない、と思った時だけだと果胡は胸を張る。神子だけに与えられるの権限を存分に行使させてもらったと有難そうにする果胡は、リタに肩書きに使用用途どうこう言う権利はない。


「とにかく、神の森に入る手段はあそこの門だけではありません」

「他に入れる場所があると言うのか?」

「真面目に門を通っていては門番に私の居場所をバートにチクられますからね。ほとぼりが冷めたと思った頃に城に戻ろうとしたら、門の前で奴は仁王立ちしてるんですよ何て恐ろしい」

「成程」


つまりこっそり入ってこっそり出る出入口が必要だったのだ。ちなみに、歴代神子でそんな用途に託宣の間を使っている奴などいなかったと神からの確認も取っている。ロッテが知らなければ、今でも果胡だけが知る秘密の通路であるはずだ。

果胡の秘策にリタも納得すると、背中を向けていた身体を翻して、人差し指で果胡の額を押さえる。


「じゃあ俺は先に行く。分かっていると思うが、特別騎士任命の儀だからそれ相応の人物が集まる。息をするように気配には敏感になっている奴らばかりだから、くれぐれも気を付けろよ」

「承知」


果胡が雑な敬礼をすれば、リタは零れたような笑みを浮かべた。それから、王室付騎士の白に光る正装の襟を正すと、背筋を伸ばして神の森の入り口へ向かっていく。

そう言えば特別騎士の象徴色は白であった。純粋、浄化、潔白、清潔。特別騎士の纏う白は思い浮かぶそんなイメージではない。何物にも染まる色を決して染まらせない、この色を保ったまま主君の前に必ず帰ってくるという絶対的な強さの象徴だ。要は、白を着たって汚す隙すら与えない強さだということだ。

先日の戦争で何故気付かなかったのだろうと、果胡は遠ざかるリタの背中を見つめながら考えた。あの時どう考えたって周りの黒からは彼の白は浮いていたのに。



もしかしたら、どこかで彼が纏うものは、何にも染まらぬ白だと思い込んでいたのかもしれない。






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