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特別騎士任命の儀

果胡はリタが門番の元へ行き、中に入る手続きを取っている隙に高く聳える柵の終わりまで走った。

森は大きく端を見つけるには骨が折れるが、『神の森』と言われるのは悪魔で託宣の間がある近隣だけだ。およそ四百メートル四方の柵に囲まれた範囲のみを一般に神の森と言われるだけである。考えてみればなんていい加減な定義だろう。神の森なのに人間が定めたものなのだ。


神の森は基本的に人が入らないので手入れもされない。木は伸びっぱなしだし、葉は生い茂りっぱなしだし、変な動物はいるし変な虫はいる。託宣の間に入るまでは結構な茨道で、突き刺してくるような枝を掻き分けながら進まなければならないのが現状だ。それでも式典があるタイミングで人が通っているのでまだいい方。柵外は出入りが禁じられているわけでもないのに誰が入ることもなく、柵内よりジャングル度が増している。

オリヴィアが託宣の間を根城にしていた頃はオリヴィア一人でも行き来があった所為か、屈んだり飛び越えたり捻ったりすれば何とか通れる所もあったのだが、十六年放って置かれた植物は恐ろしい。金属製の柵よりも立派な防壁と化していた。

だがここを通らねば、あとは託宣の間に通じる道は門しかない。仕方がないと、果胡は一つ息をついて緑が重なる中へ押し入って行った。










リタが託宣の間へ入ると、見計らったようにロッテが金髪を靡かせて走ってくる。


「リタ!」


ロッテは式典用の神子の正装、純白のAラインのワンピースに銀の長めのケープを羽織っている。凹凸がしっかりしている彼女には些か勿体ない衣装ではあるが、スタイルの良さはこれでも充分に発揮され、よく似合っている。僅かな数ではあるが、式典に参加する騎士たちも皆彼女の美しい姿に目を奪われていた。


「ロッテ、お前いいのか?まだこんな所にいて。もう始まるだろ」

「あなたがなかなか来ないから、待っていたのよリタ。あなたこそこんなギリギリで来て、今まで何してたの?」

「んー、ちょっと野暮用」


リタは誤魔化すように周りを見渡せば、もう式典の準備は殆ど出来上がっている。託宣の間は例えるなら教会とか礼拝堂の造りに近い。一番奥は数段の階段を挟んで高くなっていて、天窓からの光がそこに差し込む。まるで神が降りてくる風景を創り出したかのようだ。

元々人が集まるようには出来ていないので、座席などは両端に一つずつ、長椅子があるだけだ。他は特に凝った装飾もなければ、光源も僅かな窓からの陽の光と蝋燭のみ。神聖な場所というには暗すぎるくらいだった。


役者も皆位置に付き始め、残るは国王エーベルハルトのみだ。エーベルハルトには、リタとは別の特別騎士がここまで付く。託宣の間に入ってからはリタが付くようになっている。というのも、元々リタが最初から最後まで付く予定だったのだが、果胡をここに連れてくる算段を立てていたため、中に入るまでは別の騎士に頼んでいたのだ。

エーベルハルトがやってくれば儀が始まる。神子の出番は式の中盤、それまでは神託に耳を澄まし、心を傾ける。この度特別騎士となる人物に神はどのような目を向けるのか、神の意思を人間に伝えなければならぬので、その準備をするのだ。どうせ聞こえるのはいびきくらいなのだが。


「ほら、俺もお仕事の時間来るからお前も行け。神託を受けるには集中して心を宥めておかなきゃならないんだろ」

「え、ええ…」


リタはロッテの細い肩を返して、神子の位置、奥の天窓の下へと背中を押した。

ロッテは抵抗は見せなかったが、少しだけリタを振り返り、不安そうに眉尻を下げた。



「ねぇ、リタ。私は今日も上手に出来るかしら…?」



神子として公の場に出る度、ロッテはこうして不安を吐露する。それはそうだろう。自分は本当の神子ではないし、そうだと知っているのは数人しかいないのだから。その不安の本当の意味を理解できるのは数人しかいないのだ。




「出来るよ。頑張れ」




いつものようにリタがそう声を掛けると、ロッテは不安を隠すように微笑みを湛え、背筋を伸ばして歩いて行った。





間もなくして、エーベルハルトが姿を現す。















***















果胡が託宣の間の裏口に辿り着いたのは、リタと別れて十分ほど経った頃だ。現役時代だったら半分の時間で侵入できたというのに、急がねば式が終わってしまう。今回の目的は、神子としてのロッテが如何にして神子をやり遂げているのか、それから、神は今どうしていているのか。どちらかと言うと、果胡としては後者の方が本来の目的に近い。神に問い質して、オリヴィアの魂を転生させた理由を思い出したい。世界から自分の存在まで消して。


「あ、やってるやってる」


裏口の戸を開ければ、そこは式典が行われる大広間のすぐ横の小さな部屋に入ることができる。ここから大広間に入ることも出来るが、壁はあまり厚く出来ているわけではなく、ここにいても中の音は充分に聞こえる。

果胡は大広間に続くドアをほんの少しだけ開けて、中の様子を窺った。ちょうど、ロッテが神の声を聞こうとしている時だった。



「神、我らが人間に永遠に崇高な導きを与えてくれるものよ。弱き愚かなる我らに声を、心を、意思を表し給え、導き給え。我唯一の汝の体現者である神子、ロッテ=グロールが己の役目を果たさん」



ロッテの声は反響する。鐘を鳴らしたように、マイクがあるわけでもないのに妙によく響く。

天窓から降り注ぐ光は、薄暗い広間の中で、ロッテだけを一人明るく照らしていた。スポットライトが当たったように見えるそこは、彼女の容姿も相まって、まるで天使が降ってきたかのように幻想的な空気が立ち込めていた。

ロッテはつくづく真面目だと、果胡は感心した。自分は神託を聞くためのあんな言葉を言った試しがない。よくて『やっほー神、元気?ちょっと起きてよー』くらいなものだ。どんなに丁寧にかたりかけたって神のやる気がないことには神託は受けられない。そもそも、ロッテはあそこまでマニュアルに沿った神託の享受をしようと思っているのに、彼女には例え神が答えたってこたえられないだろう。

下らない、と果胡はつくづく思う。

ロッテにではない。神託というものに対してだ。下らなくて反吐が出る。生きるのは自分達だ。何故神の意見を聞く必要がある?神に何の決定権が、何の力があるというのか。


神なんて下らない。



「……いびきうるさ……」



懐かしい音は何の導きも与えてくれない。

果胡はただ、皆が神託と思い込んでいるこのいびきに耳を塞ぎ、聞こえない振りをした。

せっかく昔のパートナーが出向いてやったというのに、寝てばかりいるあちらも悪い。もてなせとは言わないが、せめて挨拶くらいしてもいいもいいのに。

そんなことを考えながら、果胡は大広間を見渡す。リタはすぐに見付けられた。純白の正装が、薄暗い中でもよく目立つ。それから、エーベルハルトとアリスターもいる。後の数人も、よく見知ったお偉いさんだ。

そういえば今回特別騎士になるというのは誰だったのか。そんな大層な肩書き、果胡でも知っているくらいの人物でなければ与えられないはずだ。

視界の悪い中に対象となりそうな人間を探す中で式は進行し、エーベルハルトの腰に響くような低音が一人の名を呼んだ。





「アルフ=ダルトン」





果胡は思わずあっと声を漏らしそうになった。果胡の存在に気付いているリタが目線だけでシッ、と窘めた。

一番隊所属一等騎士アルフ=ダルトン。ついこの間、リタの紅白戦の相手になった人物だ。あの試合だけ見れば瞬殺された彼が特別騎士になる経緯は想像できないが、あれは相手がリタだったのがそもそも悪かったのだ。アルフは普通に優秀で強い。だからアリスターからの信頼も厚いし、サボり魔のリタなんかより余程頼りにされている。戦いがあれば彼がいればとりあえず大丈夫と皆が思うし、彼が先頭を切って士気を上げてくれる。憧れる騎士も少なくないだろう。それくらいには優秀なのだ。

それに、試合だってアルフでなければリタは刃さえ抜いていなかっただろうし、あれは面倒臭がってリタが無理矢理に()()を終わらせただけだ。まともに戦えばいい試合となっだろう。




「エーベルハルト=ダウズウェル=ルヴィフィアの名において、主をルヴィフィア国特別一等騎士として任命する」




目尻をこれでもかと垂らしてオリヴィアを追いかけ回していたオヤジが、別人かと見まごう威圧で宣言すれば、アルフは腹筋に力を入れた返事で声を出し、顎を少し上げる。そして一等騎士の章飾を胸から外し、差し出されたエーベルハルトの手の上に置いた。携えていた剣を鞘から五センチほど引き出すと、その刃に自分の右手の親指を押し当てて、血を滲ませる。垂れる程になったら、エーベルハルトの手の上にある章飾に一滴、血を滴らせた。

これは、特別騎士の誓いの儀だ。特別騎士となったからには、この騎士として与えられた章飾が血で汚れることはない。その証として、最後の血を章飾に吸わせておくという、言うなれば自分で自分を追い込む儀式である。実際は特別騎士は過酷な戦いばかりに出向くので、章飾も白の軍服も血で汚れまくるのだが。

よく考えたらこの儀式にしろ特別騎士の正装にしろ、ドMな仕様が多いな、と果胡は心の中でだけで呟いた。声に出せば存在がバレるし、この場にはいないが、バートが聞いていたりでもしたら何て不遜なことを言うのかと怒られていただろう。

そういえばリタだって特別騎士なのだから、この儀式はしているはずだ。彼もアルフのようにピンと伸ばした背筋で、キリリと引き締めた表情で、キレの良い動きで、この一連の所作をしたのだろうか。

果胡にはとても想像できなかった。なんなら式典にさえ顔を出さなかったのではないかとも思えてくる。


「……画にはなっただろうに」


音になるかならないか、息のような声で、果胡は無意識に呟いた。






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