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騎士の理由

「何怒ってんだ、カコ」

「怒ってませんけど。何と言われても何もかもと言うしかありません」

「それは怒ってるの?怒ってないの?」


果胡は医務室で働き始めてから、自室が設けられている。五畳くらいの狭い部屋だが、ベッドと机くらいしか置いている物はないし、ただの使用人に与えられている部屋としては充分すぎるくらいだ。この城の一角に使用人が居住する塔があり、果胡の部屋はそこの最上階だ。マンションで言えば何というビップ対応なのかとも思うが、塔の最上階と言えば殆ど屋根裏部屋。今まで使われていなかったのか、埃臭いし黴臭いし寒いし小動物は住んでいる。好条件とは言い難かったが、タダで貸してもらっているものに文句は言えまい。今はここしか場所が余っていないということもあるが、果胡は別にここでも何とも思っていなかった。むしろオリヴィアに与えられていたような家一個分くらいの広さのある部屋は、落ち着かないし持て余す。

ただ、人二人に対応している広さではなくて、結局部屋までついてきたリタが入ると少々手狭ではあった。


「……何ですか、王室付特別一等騎士って」

「うん?」

「あなたいつから騎士だったんですか。雑用係ではなかったんですか」


床に座るリタをベッドの上から見下ろして、果胡は彼にジト目を向けた。リタには全く悪気はないようで、果胡に何故こんな目を向けられているのか分かっていないようだ。


「いや?ちゃんとした雑用係だけど?」

「誤魔化さないで下さい。もうネタは上がってんですよ」

「別に誤魔化してるつもりねぇけど…。いつから騎士だったかっていう質問に答えるのであれば、覚えていないっていうのが一番正しいかな」


果胡は不審な目を拭わなかった。アリスターはリタが六、七歳の頃に一等騎士になっていると認識しているのだ。他人が知っていて本人が分かっていないなんてことがあるとは思えない。

果胡の不満げな表情に納得されていないと分かったのか、リタは弁解を続ける。


「嘘じゃないからな?気が付いたら騎士団の訓練に参加していて、気が付いたら戦争に駆り出されて、気が付いたら一等騎士試験を受けさせられてて。()()騎士になったのは確か七歳の頃だけど」


続けて、騎士団の訓練にはアリスターに誘われたこと、一等騎士の試験はアリスターに勝手に申請されたこと、何の引っ掛かりもなく受かって年齢詐称しているのではないかと疑われたこと、実の子どものようにリタのことを可愛がっていたオリヴィアの父親と母親もそのことを大層喜んでくれたこと、リタは思い出すように話した。

言葉の端々に嘘じゃないぞ?と念を押すように言うし、言い訳をするように話すものだから、いまいち信頼性に欠けるが、嘘をついているような話ではなかった。

そこまで話をされれば果胡はもう疑う気はないが、だからと言って簡単に受け入れられることでもなく、眉間の皴は減らなかった。


「……それで、王室付特別一等騎士とは」

「ああそれな。特別騎士っていうのは、騎士の仕事としては特S級の難しい重要な任務をこなすという意味でそう呼ばれているんだが、実際は、騎士の中でも特に秀でた者に与えられる称号として認知されている。王室の警護をすることはその特S級任務だから、特別騎士が付くんだよ」

「…んなことは知ってます。仮にも私王女だったんですよ」


オリヴィアは勉強は出来なかったが、常識のない人間もなかったし、馬鹿ではなかった。幼いながらも城内のことはある程度理解していたし、国内の情勢も把握していた。コミュニティはなくとも人を覚えるのは苦手ではなかったし、使用人のことも大体は顔と名前を覚えていたし、国を守る騎士とて同じことだ。


「あれだけ傍にいて、私が知らないってことあります?どうやって隠したら隠し通せるんですか!むしろ何で教えてくれなかったんですか!」

「隠してたつもりはなかったんだけど、俺が特別騎士になったのお前が死んだ後だし」

「一等騎士になったのは生きてた頃でしょう。…何にも……、知らなかった」


疑いたいのではない。納得できないわけでもない。アリスターほどの騎士が認め、アルフを打ち負かしたのだ。特別一等騎士だって言われても充分説得力はある。

ただ、果胡は悔しかったのだ。というより、悲しかったのだ。




「……リタの馬鹿。ちゃんと知っていたかった……」


「……」




騎士とは危険な仕事だ。命を国に預ける仕事だ。

例えリタが特別騎士に選ばれるほど強くても、何かあった時に、知らなかったでは済まされない。ましてや王室付だなんて、王室の為に身体を張るのに、命を懸けるのに。いつかダウズウェルの名の誰かを守り、もしも息を止めた時、何も知らずに守られたなんてことあってほしくない。


想像しただけで胸が苦しくなり、痛くなる。


過去のことを悔やんだって仕方ないし、今更だけど、過去のことだからこそ悔しいのだ。後悔だからこそ苦しいのだ。

果胡は痛みをそっと手の中に握って、息を吐くことでその痛みを逃した。





「…何で、言ってくれなかったんですか。一等騎士になったその時も、王室付である今も」





勿論リタにその義務はない。オリヴィアではなく、果胡である今なら尚更。でも、果胡は無関係だとは思っていないのだ。自分の転生にリタを巻き込んでしまったからこそ、十六年間見なかった彼の姿をちゃんと補完していかなければならない。欠けている所がたくさんありすぎて、まだリタの姿が完成しないのだ。


果胡がこんない悔しい思いをしているのに、リタは相変わらず真剣味の足りない表情をしていて、何だか気が抜ける。吐ききれない鬱陶しい思いは、リタが隣に座った反動でスプリングによって跳ねた。


「……悪い。心配かけたな」

「謝ることは…ないですけど。心配というか、何だか悔しかっただけで…」

「一応弁明しておくとな、一等騎士になったことはオリヴィアには報告してたぞ?」

「………え?」


果胡の喉からひっくり返った声が出る。リタは何て声出してんだ、と笑ったけれど。


「…え、…え、え!?知っ!?私知ってたんですか!?」

「俺に訊かれても。言った覚えはあるけどな。お祝いとか言って激苦のチョコレートケーキ作ってくれたから間違いないと思うけど」

「それ、チョコレートケーキじゃなくてただのショートケーキだっ………あ、……」


スポンジが丸焦げになったのだ。生クリームにも染まらない黒々としたスポンジを誤魔化すためにビターチョコレートケーキということにした。…ということは覚えている。

だが、それが何の祝いで作ったのか果胡は覚えていなかったし、疑問さえ抱いていなかった。


欠けていたのだ。記憶が。


ツキリと痛んだこめかみを押さえ、果胡は目を瞑ってゆっくりと思い出す。




リタ=ヴァインツィアル一等騎士。ルヴィフィア国史上最年少で一等騎士となり、天才と呼ばれた。持って生まれた才能は、どんなに優秀と言われた人間をも圧倒する。身体能力、観察眼、洞察力、勘の鋭さ。どこをとってもリタに勝る者はおらず、戦場で敵を狩る姿は相手を揶揄っているようだと言われた。国の財産だとまで言われたのに、リタ=ヴァインツィアル当人は全く興味のない顔をしていて、それがどれだけ他の騎士の反感を買ったことか。嫌がらせも罵倒も驚くほど無視するので、すぐになくなった逸話は有名である。





『リタ!おめでとう!ちじょうさいねんちょうなんてすごいじゃない!』

()じょうさいねん()()()、な。地上最年長はきっと老人だ』

『よく分からないおめでとう!これわたしからのお祝い!』

『……チョコレートケーキかな?香ばしい匂いがする』

『そう!さすがリタ、よく分かってるのね!』

『さすがオリヴィア、バレてないと思ってるんだね!』





そんな会話。











「────…すみませんでしタ…………」


忘れていたのは不可抗力だ。希成果胡の情報が入っている分、オリヴィアの記憶は削られている。カコにはどうしようもないし、外からどうにかできるものでもない。ただ、曖昧な情報でリタを責めてしまったし、謝ったのは色んな意味でだ。


「俺は別にいいんだけど。王室付になったことを言ってなかったのは事実だし」


言うタイミングがなかったのと、リタは機会があれば言うくらいにしか思っていなかったらしい。城に勤めていれば、遅かれ早かれ分かることでもあった。

色んな意味で頭痛がしてくる自分の所業に、果胡は情報の補完をしようと脳内を整理した。


「ええっと…、では、私と剣を交えた時…、昔も先程も、弱い振りをしていたのは何故ですか?」

「弱い振りというか、弱かったというか」

「どの口が言ってんですか。一等騎士が温室育ちの王女に負けるなんてその称号剥奪されますよ」

「王女だからだよ。というか、お前だからだよ」

「はい?」


リタは王室付特別一等騎士だと認めるよりも、余程こっちの方が観念したとでも言うように、だが淀みなく言った。




「さっきも言ったけど、騎士の俺が王女のお前に怪我をさせることなんて万が一にもあってはならない。勝負を挑まれれば受けない訳にもいかない。…負ける他ないだろ」

「…リタなら、怪我させないように勝つことくらい出来たんじゃないですか」

「念には念を。お前が突拍子もない攻撃仕掛けてくるし、全力手を抜いて相手できるような腕でもなかったし、だからと言って勝負を長引かせたらお前勝手に怪我するし、ある程度で負けた方がいいと思ったんだよ」


ド正論すぎて果胡には何も言い返せなかった。ただ、疑問はまだ残る。


「でも、それならそうと言ってくれれば…。リタに気を遣われるんなら私も無理に剣を合わせようとはしなかったはずです」

「言ったら今度はお前が嫌がるだろ。王女扱いされるの嫌いなくせに」

「そ、れは…」


リタは果胡よりも果胡のことを、オリヴィアのことをよく知っている。

王女だから傷付けられない、王女だから手合わせできない、王女だから同じ目線で考えられない。他には耳にタコができる程言われたのに、リタから言われたことは一度もない。リタだって王女を相手にしていたことは変わらないのに。


「俺はお前の幼馴染で、ある意味特別枠にはいたけれど、お前が王女だっていう事実は変わらない。けれど幼馴染だということも本当で、お前には嫌われたくもなかったんだよ」


間違っていた選択だったかもしれないけれど、とリタは自信なさげに最後に付け足した。

オリヴィアがリタを嫌うなんてことあるわけなかった。いつも付き合ってくれて、一緒にいることが当たり前で、唯一同じ目線で接してくれる貴重な人。リタにならどんなに大事なものだって捧げられると思っていたくらいだ。リタになら何を言われたって受け入れたのに。

今更言ったって仕方ないけれど。


「……何で、騎士になったんですか?」

「あん?だから、アリスター隊長に無理矢理…」

「違います。それは騎士になったきっかけ。私が訊いているのリタが騎士を受け入れた理由。あなたは拒否だって出来たでしょう?アリスターは無理強いするような人間ではありません」

「……」


リタの瞳が僅かに見開き、すぐに元の細さに戻る。こうなったらとことん突き詰めてやろうとする果胡の強い意志に折れたらしかった。元よりリタに隠す意思があったかどうかは分からないが。




「…俺が騎士になったのは、お前が死んだからだよ、()()()()()

「……え?」




その時のリタの目が妙に真剣で、果胡は捕まってしまったように彼から目を離せなかった。切れ長の目に宿る瞳は、物憂げな雰囲気からは想像も出来ないほど澄んでいて、何をも綺麗に映し、何をも侵食を許さない。


「オリヴィアが死んで、誰もオリヴィア=ダウズウェルという存在を忘れてしまっていた。誰一人として知らない。俺は確かにオリヴィアを知っているし、オリヴィアがいた記憶も証拠も思いもあるのに、だ。たった一瞬でオリヴィアはいなくなった。なのに俺は何も出来ないし、どうすればいいかも分からなかった。だから俺はお前の生きた証を示そうと思ったんだよ」


「リタ…」


「俺は王室付特別一等騎士だ。それも、オリヴィア=ダウズウェル=ルヴィフィア専属の」




オリヴィアは、こんなにも彼を苦しめていたなんて。







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