あんた誰
当然、果胡は紅白戦には参加しなかったが、近くで見ていて良いという許可はもらった。紅白戦に興味があったわけではないが、リタのことがどうにも納得いかない。何がどうなって果胡はリタに負けたのか、未だに分かっていなかったのだ。
「真面目にやれよ、リタ」
「へーい」
気の抜けた返事をしながら、リタはフィールドの中に入る。リタの相手に呼ばれたのは、一番隊所属、一等騎士アルフ=ダルトンだ。一等騎士だけあってかなりの実力者で、先の戦争でもその力を遺憾無く発揮した。果胡が把握している限りで強い騎士を挙げていくなら、アリスターの次に名前を連ねるのはこのアルフだと思っている。
そんな奴がリタの相手だ。果胡は言っても素人の女だし、先程は簡単にやられはしたが、それまでリタは連敗だったのだ。手加減していたとはいえ、素人の女にやられるくらいではアルフに敵うはずないのだ。リタが一体どれくらい手加減をしていたのかは分からないが。
「…大丈夫でしょうか、リタ…」
勝敗ではなく、アルフにこてんぱんにやられて怪我でもするのではないかと果胡は心配だった。リタの左肩を傷めさせたのは果胡だし、それが原因で本来しなくていい怪我に繋がったりしないだろうか。
不安が思わず声に漏れ、いつの間にか横に立っていたアリスターがそれを聞いていたような顔をした。勝手に聞いていながら、少し意外そうな表情だ。
「……何か?」
果胡が首を傾げると、アリスターはいや、と軽く咳払いをする。
「何をそんなに心配しているのかと」
「そりゃあ心配でしょう。だってリタだし。怪我されたらエリスが仕事増やすなって怒ります」
「……?その心配ならアルフの方だと思うが?」
「はい?」
始め!と試合開始の合図が演習場に響き渡る。訓練中の一番隊、二番隊はもちろんだが、いつの間にか周りには他の隊の騎士も試合を見に来ていた。皆、物珍しいものを見に来ているような目をしている。
何事かと果胡がキョロキョロしていると、アリスターがその訳を説明してくれるようだった。
「ああ、リタが演習に参加するのは久しぶりだからな。皆興味があるんだろう」
「興味?雑用係の剣にですか?」
それこそ、アルフの方にではないのかと眉を寄せると、それ以上にアリスターの方が奇妙な顔をした。そして暫し考えると、そういえば記憶がないんだったな、と納得する。
「騎士なら誰もが見たいだろう」
「だから何をそんなに…」
リタは十六年前から、変わったようにも変わってないようにも思える。
何がって、いろんなところが。
性格も雰囲気も、長い睫毛も小さな輪郭も薄い唇も、声は少し低くなってしまったけど、口調は一緒で話し方も一緒。何だかんだ果胡に付き合ってくれるところとか、たまに見せる紳士的なところとか、無条件で果胡の言葉を信じてくれるところとかも変わってない。
では何が変わったかというと、果胡には上手く説明できなかった。オリヴィアではないからだろうか。記憶という情報でしかリタを知らないからだろうか。
何も変わっていないように見える理由はもう一つある。
果胡が、オリヴィアが何も知らなかったから。
「それは見たいだろう。────王室付特別一等騎士の剣は」
リタは変わってしまった。
自分で仕掛けた落とし穴に自分で引っかかり、木の上から落ちそうになったオリヴィアを助けようとして、ズボンを枝に引っ掛けて半ケツで受け止めたり、城下町で誘拐されるオリヴィアを救おうとしたらリタの方が気に入られてしまってオリヴィアは負けた気がしたり、バートに出された宿題はやらないし、テストも全然駄目だったからバートに怒られる時はいつも一緒だとオリヴィアは思っていたのに、突然投げられた問題にはいとも簡単に答えるものだからバートの評価はリタだけ良かったし、裏切られた。護身用レベルで覚えていた剣を交えても、刃が欠けるのはいつもリタだったし、尻餅をつくのはいつもリタだった。
いつからいつまでが、そんな鈍臭いリタだったのか。
「王室付特べ……、…、いつから…、そんな…」
十六年の間に、リタは変わってしまった。鈍臭いリタではなくなった。
そう思った。
「どうだったか…、確か、六、七歳の頃に一等騎士になって、その後王室付になったのは十三の齢だったと思うが」
「ろく…、なな、……じゅうさ……」
「おい、大丈夫か?」
六歳も七歳も、一緒に過ごしているじゃないか。その頃に一等騎士?そんなわけない。そんな馬鹿な。あんな運動音痴が一等騎士になど。
果胡の脳内は混乱に満ちて機能に支障が出そうだった。片言しか物を言えなくなったところを見ると既に支障が出ているのかもしれないが、視覚で捉えるリタの姿はまだかろうじて理解できる。
合図と共に始まった試合は、アルフの方から仕掛けられたが、彼の剣がリタを捉えることなどできないまま、あっという間にリタの剣の切っ先が、アルフの後頭部に突き付けられていた。
はい、ご臨終、と細められたリタの目は、果胡が知っているものではなかった。鈍臭さなど微塵も感じられない、むしろ鋭利な強さを肌で感じるような瞳。
果胡はいよいよリタがリタに見えなくなってきて、片手で両目を覆った。今見ているのはリタではないのか、それとも今まで見てきたものがリタではないのか。そのどちらもか。
「カコ?何してんの?」
「!」
果胡にふわりと落ちてきた影に視界を開けると、きょとんと呑気な顔をしたリタが覗き込んでいた。突然の声に吃驚はしたが、それ以上に何かすっと冷めたものが果胡の身体に走った。
「…………誰ですかあなた」
「えー…」
す、と据わった目をリタに浴びせると、果胡は踵を返して城の中へ戻っていく。リタが後ろからついてくるが、彼はまだ訓練が終わってないはずだ。証拠にアリスターのどこ行くんだとリタを呼ぶ声が怒りに満ちている。聞こえていないとでもいうように無視していたが。




