表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/185

長い欺き

本当に就職する時は、ブラック企業に注意しよう。果胡はそう固く誓った。

戦地から帰って来た後、勿論医務室は果胡達よりも早く帰ってきていた重傷者で溢れかえっているわけで。ある程度は戦地で応急手当を終えてはいるが、だからと言って治るわけでもなく、あくまで応急な処置は改めて処置し直さなければならない。

クタクタで帰って来た身体を休める間もなく勤務は続き、まともに腰を下ろしたのは戦地から帰ってきて三日目の昼だった。





「うわ怖。そんな顔で見んなよ」

「好きでこんな顔しているわじゃないですよ。まともに寝てないんです。これだけ働けば妖精だってただの虫と成り果てると断言しましょう」

「虫の方がまだいい顔してると思う」


リタは、植木で威嚇してきていたカマキリを手に取って果胡に見せてくる。意地悪な。そんなイケメンと比べなくてもいいと思う。


「だったらこんなとこに来ないで、非番の日なんだから寝てりゃいいのに」

「交感神経が刺激され続けた所為か、寝ようとしても目が冴えて寝れないんです。少し運動でもすれば僅かに残った体力が本当に尽き、眠れるかなぁと」

「眠れるだろうね、永遠に」


果胡が練習用の剣で素振りをしているのを、リタは気怠い目線で見つめていた。

周りからも金属がぶつかる音や、擦れる音、男達の掛け声なんかが勇ましく飛び交っていた。城内にある演習場は、今騎士団の訓練中。一番隊と二番隊の訓練が合同で行われていた。

ルヴィフィア国の騎士団は十の隊で編成されている。そのうち一から三番隊は主に対人との闘い、四から六番隊は対獣や災害、七から十は衛兵や警護などの雑務をこなす。騎士はその実力レベルによって一等、二等、三等とランク付けをされていて、一から六番隊に関しては、一等騎士から三等騎士までがバランスよく配置されている。三等以下の騎士は七番隊以降になり、必然的に一から六、七から十番隊の実力差は大きくなっている。三年に一度、騎士の昇格試験と隊の編制が行われるので、騎士たちは皆その日を目標に訓練に勤しんでいた。

女性の騎士も一応いるのだが、やはり全体のほんの一割。そんな中で、何故果胡は剣を振り回しているのか。


「と言ってもなぁ、何も訓練に参加することないだろ」

「参加しているわけじゃないですよ。紛れているだけです」

「何がどう違う?」


走り込み、筋トレ、ヨガ。運動なら他にも仕様があったのだが、その中で果胡があえて訓練に紛れたのは単なる消去法だ。走り込みすれば多分迷うし、筋トレとヨガに関しては場所が確保できない。丁度いいところに騎士団の訓練を目にしたものだから、物は試しにリタにちょっとやってみたいと頼んでみたら、ものの数分で許可をもらってきた。誰に許可を取りに行ったかは言わなかったけど、多分バートだ。手強い相手をよくもまあ簡単に納得させたなと思う。


「剣ならっ、ふっ!昔っ、少し触ってましたからっ、へいっ!何となく、感覚っ、ほっ!覚えてるかなぁって、はっ!思ったんだけどっ、あっ…」

「うお危ね!」


縦に横に振り回されていた剣は、果胡の手からスッと抜け、リタの鼻の頭を掠めるスレスレの位置、真っ直ぐ地面に突き刺さった。ウトウトとしていた眠気覚ましにはちょうど良かっただろう。


「ふぅ。…やっぱ駄目ですね。オリヴィアの身体とはちょっと違う。感覚が当てになりません」

「お前の感覚オリヴィアの時から当てになんねぇからな?一回俺の肩の骨折ったの覚えてる?」

「覚え……………………てますよ」

「忘れてたな」


オリヴィアは運動神経が良かった。反射神経も良かったし身軽だった。王女でなければ、神子でなければ、貴重な女騎士となっていてもおかしくないくらいであった。ただ、器用かと言われるとそうではなくて、練習用の闘い、つまり手加減というものがよく分からなくて、何度か練習相手になった騎士を医務室送りにした。仕事を増やすなとエリスに怒られた。オリヴィアに対人の練習は禁止された。

そのくらいには剣の腕がよかったオリヴィアだが、果胡の身体で振るう剣はまた訳が違う。体型も運動神経も頭で考えるそれとはズレが生じていて、上手く身体が動かない。


「というか、リタは何してるんですか?リタも非番?」

「いや?一応仕事中」

「またサボってるんですね」

「違いますー。絶賛仕事中」


リタは壁に立てかけておいた自分の剣と訓練中の騎士団に目線を流した。


「はい?どういう意味…」

「訓練参加、が今日の任務。この前みたいに戦場に出ないといけないときもあるからな。たまには参加しろってアリスター隊長に言われた」

「だったら参加してください。こんなとこで油売ってる場合じゃないでしょう。皆さんに後れを取りますよ」


騎士団の訓練に素人の果胡が本気で参加できるわけもなく、許可を得たのは練習用の剣を借りることだけだ。果胡の指導は疎か、相手になってくれる者など当然いない。向こうは本気で、果胡は運動不足解消の為なのだ。相手になってもらおうとも思っていない。だが、それにリタが付き合うことはないし、むしろ訓練に出ろと言われているのなら、真面目にみんなと剣を交えないといけないはずなのだ。


「あー、いいのいいの。まだ基礎訓練だし、紅白戦になったらちゃんと参加するよ」

「基礎を怠ると痛い目見ますよ」

「じゃあカコが指導してよ。一番隊と二番隊の奴ら、俺を遠巻きに見るもんだから居心地が悪くて仕方ないんだよね」

「それはあなたがそんなパジャマのような格好だからでしょう。非番の人間が本気の人間を笑いに来てるとしか思えませんよ」

「えぇ、これ俺の練習着」


馬鹿も休み休み言ってほしい。軍服に混じってTシャツとスウェットという休日のサラリーマンみたいな格好がいたら、やる気を吸い取られそうで視界からいなくなってほしい。一番隊と二番隊の対応は正当である。


「そもそも、リタはあまり剣は触ってなかったでしょう?戦場に繰り出すほどですから、それなりには扱えるんでしょうけど、私に打ち負かされてたんだからちゃんと基礎練習しないと」

「だから打ち負かした責任取って、お前が俺に基礎を叩き込んで」

「えー、嫌ですよ。リタ鈍くさいですもん」

「言ったな」


リタはピクリと眉を動かし、自分の剣に手を伸ばした。



















九戦一勝八敗。


果胡とリタが剣を交えた結果だ。




「イテテテテ!!!馬鹿お前!剣の訓練なんだから剣使えよ!」

「使えるものは使います。戦いとは常に死と隣り合わせなのですから、そのくらいの覚悟は持って然りですよ」

「折れる折れる折れる!肘はそっちの方向に曲がらないよう出来てるから!」


背中に固めたリタの両腕を離し、十戦一勝九敗、と果胡はリタの勝負結果を呟いた。ちなみに、リタが勝った一勝というのは、果胡の髪の毛が植木に引っかかり、動けなくなっている所を叩いたという頭を抱えそうな程情けない一勝だ。

果胡はパンパンと手を払って、ちょっと涙目になっているリタに差し出せば、彼は素直に応じる。本来立場は逆のはずなのだが、十六年前から出来上がっているこの構図はもう二人には慣れっこだった。


「ったく、相変わらずですね、リタ」

「お前こそ、感覚掴みづらいんじゃなかったのかよ…あ、痣できている」

「掴めてないですよ、感覚。それでもリタはやられちゃうんですから、雑用の中でも騎士団のお仕事は遠慮した方がいいんじゃないですか」


立ち上がったリタは、吹っ飛ばされた剣を拾った。まだやる気だ。今度は果胡がバナナの皮でも踏んで転ぶことを夢見ているのだろうか。運動のついでだと思って果胡は付き合うが、相手にならなすぎて少々飽きてきた。それでもまぁ、リタの練習になるならいいかと果胡も剣を握る手に力を籠める。


「これでよく今まで剣を握ってましたね。そんな運動神経で戦場に出るなんて、自殺行為です」

「出ろって言われるし」

「だからと言って、戦力にならなければ命を捨てに行くだけです。今度からは辞退してください。リタがいなくなっては困ります」


たった一人だけ残したオリヴィアの軌跡を、失くさないでほしい。

リタがいなくなってしまっては、この世界にはもう、果胡一人になってしまう。


そんなところで生きていけというのだろうか。



ご冗談を。






そうやって、余計な思いを抱いたからだろうか。












「大丈夫、いなくなんてならねぇから」




「────……え?」











大人の脚で二歩分の距離が離れていたと思っていたのに、いつの間にかリタは果胡の懐に入り、剣を構えていた腕をくるりと捻ってそれを自分のものにする。




「え……?…ちょ、待っ…っなん……!」




視界がぐるりと一回転する。何が起こったのか全く理解できず、瞬きしているうちに果胡の腕は背中で固められた。ものの数秒、果胡にリタが触れたのは左手一本だった。




「……、リ、タ……?…あなた鈍臭さはどこに……?」

「さあ?俺としては、最初からそんなつもりはなかったんだけどな」

「は?」







「だって俺、弱いなんて一言も言ってねぇもん」







すっと耳元に近寄って来たリタの声は、息と共に果胡の鼓膜を揺らした。




「なんっ………っ!」




バッとリタの手を振り払えば、簡単に拘束から逃れられた。元より力なんて入っていなくて、抵抗しようと思えば出来たのだ。

リタは大丈夫だったかと果胡の腕を気にするが、それに応える気はない。


「どっ、どういうことですか!散々私に負けておいて、手加減してたとでも?」

「そりゃあするだろ。お前に怪我させるわけにはいかないし。抜き身にしていないとは言え、俺の剣、本物だし」

「……っ」


考えて見ればそれはそうである。いくら鈍臭いとしても、女が男の力に敵うわけないのだ。簡単になぎ倒されるわけないのだ。練習用の剣で、本物の闘いに赴く剣を払えるわけないのだ。


いつから、この力の差はあったのだろう。


まさか十六年以上前からだとは思いたくもない。







「嘘つき」


「だから嘘ついてねぇって」







向こうでアリスターがリタを呼んでいる。紅白戦が始まるようで、リタはちょっと行ってくる、と痛めた左肩を回しながら歩いて行った。果胡の攻撃はそれはそれで効いていたらしい。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ