神託
情けないのは自分だと、果胡は一人部屋ならぬ一人テントの中で猛烈に反省した。
「はああああああ……」
「今回溜息多いな、カコ」
「多くもなりますよ。私の意気地なし」
「あ、やっぱエマが乗り移ってるな」
十六年前の謝罪どころか、主君に対する挨拶もまともに出来ないなんて。身体を気遣ってくれたのに、辛うじてお礼を言えたくらいで、俯いてばっかりでさぞ失礼な態度だっただろう。主君と思って接していいのか、父親と思って接していいのか、いまいちまだよく分からないけれど。
「何も言えなかった…」
「親父さんに?でも、逆に何か言えることあったわけ?ただいま、とでも言う気?」
「それは…」
果胡は顔を覆った手の隙間から隣に座るリタを見る。
具合は悪くないとエマを必死に説得したが、結局は信じてもらえず、果胡は今こうして休憩させてもらっている。救護テントでは怪我人も多くて落ち着かないだろうと、ちょうど余っていたテントを何故かリタが提供してくれた。一連の流れを見ていたようだ。
果胡のことはリタが様子を見ておくと言えば、エマは軽食だけ運んで救護テントに戻って行った。戦はもう終わったが、今日はもう夜遅いので国に帰るのは明日の朝になる。それまで救護班は患者の様子を見続けなければならないし、一人でも人手は多い方がいいはずなのに、本当に具合が悪いわけでもない果胡は罪悪感を感じた。大丈夫だと押し通してもエマは信じてくれなさそうだったので、適当に休んで戻ったほうがいいだろう。
「傷に塩塗るような意地悪言わないでくださいよ…。私今落ち込んでるんですから」
「はいはい。悪かったよ。別に意地悪言った覚えはないけどな」
ダンゴムシのように丸くなる果胡の頭に、ツンツンとリタの人差し指が突き刺さってくる。最初はそれどころじゃなくて気にならなかったが、途中から指に髪を絡めてみたり、耳たぶに触れてみたり、無視できないレベルで鬱陶しくなって、その人差し指をむんずと握って引っ張り、そのまま腕を固めてやった。救護班の女に組み敷かれ、すぐにギブアップを申し出る軍服の男は実に滑稽だ。
「あいててて…。…で?本当に体調悪いわけじゃないんだな?」
「元気ですよ。心は大病を患っていますけど」
「身体にも影響が出るほど悩むなよ?親父さんも言ってたじゃん。我慢しなくていいって。あ、このパンうまいな」
「あなたはもっと我慢した方がいいですねそれ私の食事なんですけど」
エマがせっかく持ってきてくれたパンはいつの間にかリタの腹の中だ。後でアリスターに言って、リタの食事はパンのみみだけにしてもらおう。
「というか、リタの方が仕事はいいんですか?アリスターに怒られたばっかりでしょう」
「んー、まぁ、今はとりあえず大丈夫。ただ、明日帰る時は俺は一緒にいれないから、気を付けて帰れよ」
「…?…分かりました…?」
怪我人は国が応援で寄こしてくる追加の隊が引き取っていく。行き道と同じ、救護班はただ集団についていくだけのなるので、話し相手になってもらおうと思っていたリタがいないのは少々暇になる。果胡は多少残念に思いながらも、それより一緒に帰れない理由の方が気になったが、疑問を口にする前に、リタの声が先に漏れる。
「そういや、伝えておくことあったわ」
「はい?」
寝技を仕掛けられたままの格好だったリタは、ひょいと身を起こし、きつく絞まっていた首元の留め金を外す。中のシャツが見え、そこも片手で緩める。骨ばった鎖骨と首筋、喉仏は男のものだった。
かっちりした格好が息苦しかったのか、リタは解放されたとでも言うように息をつき、胡坐をかいて座り直した。
「今回の騒動についての追加情報。神子代理のことだけどな、彼女は戦争前、神託を受けていたそうだ」
「……神託を?どのような…」
「神子を取り巻く戦争を終わらせるのは武力ではない、主君による意の繋がりによってだけだ、と」
「……」
如何にも神が言いそうなことだと、果胡は僅かに目を伏せた。事の成り行きを分かっていながら全てを明かさず、結局手遅れになってから知ったような口を利く。答えが発表されてから分かってたもんねー!と言う見栄っ張りと一緒だ。
神子代理が神託を受けたのは少し前、果胡がこっちに来る前のことらしい。戦争が進むまでは神託は伝えるなと、今まで言えなかったらしいが、真偽のほどは確認のしようがない。せめて果胡がその場にいたならば、確かめようもあったけれど。
「カコはどう思う?」
「さあ…。神が言いそうなことではありますけど、そんなの誰にだって創作することは出来ますからね。または、神子代理は本当に神の声を聞いたのかもしれないですし」
「神子以外に神託を受けられるものがいるということか?」
「いいえ。厳密に言うといません。ただ、世の中にはいるんですよ。神力が少しだけあって、勘の良い人、察しの良い人。『神の声を聞いた気がする』というだけで、それが本物となる時があるんです」
神力が少しでもあれば、本人に悪気があってもなくても、神託を受けられるのではないかと思ってしまう人間がいつの時代にもいる。想像は希望となり、希望は欲望となり、欲望は虚像を生み出す。その虚像が偶然に本物と重なった時、錯覚は重症となり、抜け出せなくなる。
「そういう人は偶然を繰り返すことにより、虚像を重ねて限りなく本物に近くなる。そうなれば一般人に見分けることは不可能となります」
それで言えば、本物の神子だって本当に神子なのか怪しいところである。確かに神託は受けているのだけれど、証拠を出せと言われたら何もない。そもそも神そのものが人間の生み出す虚像のようなものなのだから。
信じるものが本物となる。それが善であれ悪であれ、本物となったものだけが善となる。
「…成程な。ちなみに、果胡がその真偽を神に問う事はできねぇの?」
「私が…?できな…くはないと思いますけど、神は気まぐれですし、魔力と神力を持っている半端な神子である私は、託宣の間でしか神託は受けられません。ちゃんとした神子であればどこでも神託!できるのでしょうが」
似て非なる魔力と神力。それは互いに相反するとも言われている。本来同時に持つことは滅多にない、しかも神子になど魔力はあるわけないとされていたのに、果胡の魂、オリヴィアは、その理を見事に打ち破っている。その影響として、神力が純粋な神子ならある程度どんな状態でも受ける神託を、オリヴィアは託宣の間という限られた場所、限られた条件でしか受けることが出来なかった。
「行けばいいじゃん、託宣の間」
「は…?…馬鹿言わないで下さい。身元も怪しい私が託宣の間なんて入れるわけないでしょう。あそこは神子にのみ許された空間です」
神の森と言われる城のすぐ隣に位置する森の中に託宣の間はある。その森自体が神域ともされ、一般人は立ち入り禁止で、厳重に封鎖されていると言うのに、リタが言う程簡単に入れるような場所ではない。それは彼も分かっているはずなのだが。昔神託を受けるオリヴィアについて行って、こっぴどく怒られた経験があるので、嫌と言うほど分かっているはずなのだが。
「だってお前神子だし」
「それを知っているのはリタ、あなただけです。神が許しても人間が許さないことだってあるんですよ」
「…そんなもんか?────…面倒だな、世界とは」
本当に。
人間は神に許しを請うのに。神が許したとしても、人間は人間を許さない。では、神は何の為に存在する?何のために声を聴かせる?何のために崇拝されるのか。
元々神など鮮明なものではない。実に曖昧で形どられない存在は、証明する術がない。いつかその方法を手に入れたとしても、答えは分かっている。神を否なんて捉えれば、人間は人間は許さない。故に証明などする必要がないのだ。
皆、神子というものを買い被りすぎだ。神子などただの人間だと言うことをどうして分からない?どうして伝わらない?神子は神ではないのに、人間は神子を人間だとは捉えない。だけど本物の神だと捉えるわけではない。時に都合よく、人間ではないという曖昧なものにしたがるのだ。治外法権がいつでも使えるように。
「まあいつか機会があれば、また神の愚痴でも聞いてやろうかと思います」
虚像の中で生きる本物を知っているのは、ほんの一握りしかいないから。




