パンで繋がる縁
改めて見る城下町は十六年前とかなりの変貌を遂げていたと思う。とりあえず人が増えて、新しい建物ばかりになった。止まっているオリヴィアの記憶にもある建物も勿論あるが、数える程度。
人も変わり、景色も変わった。ただ、雰囲気は変わらない。鮮やかな色と淡い色でバランスよく塗られたような町の空気。賑やかだが穏やかで、喜怒哀楽が程々に混じっていて。気取ったりかっこつけたりしない、素直な町だ。
だからと言って、何か特記するような特徴があるわけでもない。平和と言えば平和だが、それなりに犯罪だって起こるし、それなりに悲しいことだってある。自警団だっているし、葬式だってあるのだ。特別他と変わらない町だ。
「あ、あそこ。昔あそこで捨ててあると思ってパンのみみをくすねたら、店のおじさんに大目玉くらいましたよね!」
「共犯みたいに言うなよ。それお前だけだっただろ」
「リタも一緒にいたんですから同罪です。大体、あの時リタはあれが売り物だって知ってたんじゃないですか!止めてくれれば良かったのに」
「お前の動きが速すぎて止められなかったんだよ。気が付いたら腕いっぱいにパンのみみを抱えていた」
「泥棒みたいですね」
「泥棒なんだよ」
慌てて追いかけてきたリタと、勿体ないから城の裏に住みついている猫にやると言ってきかないオリヴィアが言い争っているタイミングで店主がやってきた。言い逃れする間もなくリタも一緒に怒られてしまったというわけだ。店主が、後でオリヴィアがダウズウェル家の人間つまり王女で、しかも神子だと気付いてからは平謝りされたのだが、悪いのはオリヴィアだ。このことは城の人間には報告しないでくれということで和解が成立した。
「懐かしいなぁ」
「何も反省してねぇな」
「勘違いは誰にでもあることです。なのにリタが正直に報告するものだから、私は帰ってからも大目玉だったんですからね」
「俺悪くねぇし、ダウズウェル家の品位を貶める訳にもいかないだろ。後で大人たちが店に謝りに行ったの知らないだろ」
リタは面倒臭がりなくせに、変なとこ真面目だ。オリヴィアやダウズウェル家の立場というものをよく理解し、立てていた。実子のように育ててくれたダウズウェル家に頭が上がらないのだ。
「知ってますよ、そのくらい。あの後城で出される食事のパンが、暫くあのお店のものになりました。いくら何でも気付きますよ」
「気付いていて同じ過ちを繰り返すとは、見上げた根性だな」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇわ」
その後、違う店でもやらかしたことがある。
「でも、あのおじさん元気ですかねぇ。年端もいかない可愛い私たちをあんなに本気で怒って、人としての道を踏み外さないよう説いてくれたので、私は割と好きだったん」
「亡くなったよ」
「───────」
無機質なリタの声が遮って、果胡の周りからほんの一瞬だけ時が奪われた。
すぐに戻ってきた時の流れは、残酷なものだと思う。有無を言わさず進んでいくことを、当たり前だと思っているのだから。
「そう…、ですか…」
「もう十年になる。元々心臓が悪かったみたいでな。城で店のパンを使ったことで店は大繁盛。だが、その影で店主には疲労が溜まり、無茶してたみたいだ」
隆盛の後には衰勢があり、破滅がある。世の理かもしれないが、人は素直に受け入れられるほどよく出来ていない。
簡単に喜ぶし、簡単に悲しむ。簡単に頑張るし、簡単に死ぬ。単純な生き物で、その分繊細だ。
「今は、奥さんと息子さんでやってるらしい」
果胡は胃の辺りを軽く擦る。少し考え事をしたら、お腹が空いてきた。そういえば今朝は何も食べていない。
「リタ、あそこのパン、一つだけ買ってください」
一つだけ。
***
パン屋は何も変わっていなかった。果胡に商品の種類までの記憶はないが、店内の雰囲気や配置、匂いまで一緒だ。少し、建物が古くはなったか。
店内に入ると、リタの姿を見つけた五十代前半くらいの女性が嬉しそうに声を上げた。
「あら、リタ!何だか久しぶりね。元気してたの?」
「こんちは。まぁ…、それなりに。おばちゃんこそこの前身体壊したって聞いたけど?」
リタは綺麗に並べてある色とりどりのパンに視線を配りながら、今は店主となった奥さんと慣れた様子で会話する。リタがこの人とこんな会話をするほどの仲だったとは、オリヴィアの記憶にはない。ここ数年で仲良くなったのか。
「やぁね!ちょっと風邪をこじらせちゃっただけ。心配してくれてたの?」
「んー、まぁ。でも、元気そうで安心したよ」
「やだ、リタ、ちょっと見ない間に男度が増したんじゃない?そんな素直な子だったっけ?」
「知らねーよ。あ、おばちゃん、これ二つ」
リタは店内を一周し、最終的に一番最後に見たイチジクのパンを指さして、ポケットから小銭を出した。ルヴィフィア国の物価は日本に比べて大分安い。単位は”ティズ”といい、一ティズが約一円くらいだ。
手早く二つのパンを袋に入れてくれた店主が全部で五十ティズだと伝えたのに、リタは百ティズ分をトレイに出した。店主は多いからと返そうとしたが、リタは無視するように金ではなくパンを受け取った。
「快気祝い」
にしては少ない祝金だが、そもそもこの世界には快気祝いに金銭を渡す風習はない。せいぜい食事会をする程度で、しかもただの風邪程度では日本であろうともしないだろう。
気怠い表情のままで言うリタに、店主は目を細めてお礼を言った。そして、何の余韻もなくぱっと表情を弾けさせると、今度は果胡の方に目を向ける。
「ところでリタ、そちらの美人さんはリタのガールフレンド?」
リタが選んだパン以外にも美味しそうなものがたくさんあるなぁと呑気に店内を見回っていた果胡は、店主の声に振り返った。果胡のことを指して言っているかは不明だが、今店内にいるのは果胡とリタ、店主の三人だけだ。絞り込めば必然的に自分の話をしていると悟った果胡は、遅れた挨拶をして頭を下げる。
「ど、どうもはじめまして」
「こんにちは。お名前は何て言うの?」
「果胡といいます」
「カコ?聞かない名前ね。この辺の子じゃないの?」
「まぁ…」
異世界の子ですとはとても言い切らずに、果胡は曖昧な返事と視線を彷徨わせた。ちなみにオリヴィアとこの人との面識はある。城に仕入れに来ていたのは奥さんの方で、こっそりオリヴィアにパンの耳を手渡してくれていたのだ。お陰で猫の集会の輪が広がった。
「ねぇリタ、ガールフレンドなんでしょ?」
「そんな感じ」
「そんな感じなんですか?」
果胡は目を丸くする。
これは良いことを聞いた、と前のめりになった店主は、あれやこれやとリタを質問攻めにする。リタは全て肯定で返していたから、店主の中で果胡とリタの関係がどう出来上がっているかは分からない。
終わりの見えない店主の質問に、さすがにリタも飽きてきたのか、途中で質問を遮った。
「帰る」
「ええっ?ちょっとリタ、もうちょっと詳しく聞かせなさいよー!」
リタは面倒そうにため息をつくと、行くぞと果胡の手を取ってさっさと店の外に出た。最後に店主の『ありがとねー!』と聞こえたのは、パンを購入した店主としてのお礼か、おいしそうな話の一端を聞かせてもらったお礼か。




