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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第二章 秘められた事実
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神の采配

八百屋に行っても、精肉店に行っても、喫茶店に行っても、働き手を探しているところなんてなかった。残るは夜の店しかないが、果胡の身体は日本のものであるから、酒は飲まない方がいいだろう。異世界にまでくると治外法権が成り立つかどうかも分からないが。


「うーん…就職氷河期はどの世界にもあるんですねぇ」

「良くも悪くも、この国は雇用と労働のバランスが取れているからな。専門職でもない限り、そう簡単に仕事は見つからない」


専門職だったらいいのかと果胡に出来ることを探したが、何も特別なことは出来ないと気付いた。オリヴィアは運動神経が良かったし何かと器用にできるタイプだったから、専門的な技術がなくともそれなりに出来ていた。木だって易々と登っていたし、とび職も出来ていたかもしれない。女性にしては剣も使えていた方だったから、傭兵だって出来ていたかもしれない。小腹が空いた時は厨房から食料をくすねていたから、泥棒だって出来ていたかもしれない。ただ、職業:王女兼神子、だったのでどれも必要のない技術と特技だったけど。

だが果胡は違う。運動音痴なわけでも不器用なわけでもないが、オリヴィアとは身体も脳の作りも違う。骨格も筋肉のつき方も違う別人なのだ。いくら感覚を覚えているからと言って、実践するのは無理があった。


残るは芸でも磨いて大道芸人でもやるしかないかと、通り沿いでやっていた小さなサーカスを見ながら考えていると、果胡はいつの間にか足を止めていたのか、少し離れたところからカコ、とリタの呼ぶ声がした。


「すみません、芸の参考になるかと思って見てました」

「お前は何を目指そうとしている?」


働かざる者食うべからず、だ。パンはリタが奢ってくれたけど、この世界にいる間、ずっと奢ってもらうわけにもいかない。いつ日本に戻るか、戻る方法があるか、戻らなければならない理由があるかはまだ分からないけれど、少なくとも抜け落ちている記憶、オリヴィアが転生魔法を使った経緯だけでも取り戻さなければ何だか気持ちが悪い。転生魔法など大きな魔法であって、誰にでもできるものではない。しかもそれを神子という存在がやったのだ。転生しちゃお☆というノリなはずがないのだ。


心残りがあったくらいで、するものではない。






「リタ、私はちゃんと神子という役割を全う出来ていましたかね?」






果胡が目移りしてちょいちょい足を止める為、リタが手を握っている。


はぐれないように。






「出来てたんじゃないか?尤も、俺には立ち入れない分野ではあったから、カコ…オリヴィアの全てを分かっていたわけじゃないけど」


神が存在しているこの世界では、神子という役割は重要で責も重い。神託を受ける神子の言葉はたった一言で世界を変える。意図していなくとも言葉が力を持ってしまう。その圧に耐えられなくて自ら命を絶ったかつての神子もいたそうだ。

神の声を聞き、神の意を思考し、神の感情を宥める。

神が崇拝されている世界で、神に直接触れることの出来ない人々の希望は神域を侵せる神子だけなのだ。


「私が生きていた約十年の間に、平和も戦争もありました。あらゆるところでたくさんの人が生まれ、たくさんの人が死にました。それは私が神託を下ろしたからでしょうか。偶然や必然ではなかったのでしょうか」

「偶然でも必然でも、神子の存在が無駄だったとは思わない。人の心は神子を拠り所にしている。存在がどうしても必要なんだ」

「私は、全ての人から必要とされていたと?」

「神の下に生きる全ての人間からな」


オリヴィアは神子という役割にあまり前向きではなかったが、世界に一人というのだから、やらないわけにもいかなかった。一時代に神子は二人と被ることはない為、神子の仕事を教えてくれる人もいない。教えてくれるとしたら、それは神なのだ。

リタに訊いても答えられるものではないのだが、それでも彼は答えられる限りで答えた。オリヴィアにもリタは、神の下に生きる人間の代弁者の一人となってくれていた。


「ところで今は、誰か神子をやっているのですか?託宣の間は、今も変わらずあの場所にあるんですか?」

「オリヴィアが死んだ後、すぐに次なる神子が捜索された。オリヴィアの存在は消されていたが、()()()()()()という状況は皆分かっていたみたいでな。以降に生まれた赤子が全て託宣の間に呼ばれ、選定されたんだ」

「して、結果は?」

「全て落選」

「でしょうね」


だって神子の力はまだオリヴィアの魂にあり、果胡の元にあるから。転生という形で神子の存在が受け継がれるという事態、しかも異世界に継がれるとは誰にも予想が出来ていなかったため、この世界の何処かに神子なる存在がいると皆が信じていた。だが見つからなかった。

そこで生み出したのが『神子代理』だ。神に選ばれはしなかったけれど、近い力を宿している人間を神子として仕立てた。人々は神子代理を本物の神子だと思っていて、真実は本人と一部の人間しか知らない。偽物を仕立てないといけないほど、人々には神子という存在が必要なのだ。


「といっても、私にまだ実感する程の神子の力があるのかは不明です。証明するものもありませんし」

「昔聞いていた神の声とやらは聞こえねぇの?神子代理を本物の神子だと信じ切っている人々が、今更カコが神子だと名乗りを上げたところで納得するとも思えないけど」

「私には神託を託宣の間でしか聞くことはできませんよ。魔力を持った半端な神子でしたからね。今から名乗りを上げるつもりもありません」


神子は本来、魔力ではなく神力(しんりょく)を持つ。ごく少数の人間にだけ許された特別な力で、それによって神託を受けるのだ。ただ、オリヴィアの場合は神力と魔力の二つを同等に持っていた。二つは相対する者であり、同時に持つことは出来ない、またはどちらか片方が極端に少ないはずなのだが、神託も受け、魔法も使えるというハイブリッドオリヴィアは、稀代の神子とも言われていた。


「でもリタはよく神子代理が本物ではないと知っていましたね?誰かから聞いたんですか?」

「偶然国王たちが話してるのを聞いちゃってなー。それに、そもそもオリヴィアの存在が消されていたことから疑問を持っていたから、その状態で神子が出てきたら信じるもんも信じられないだろ」

「成程。でも、そうですね……。神子代理でも神子が務まるのなら、誰が神子でもいいんだって証明にもなりました。神子代理とは有意義な策であるようにも感じます」


神子である者が選ばれるのではない。選ばれた者が神子となるのだ。神力というネックはあるが、人々が思っているほど神子という価値は高いものではないのだ。

なんだ、別に自分がしなくたって良かったんじゃーん、という顔が隠し切れていなかったのか、突然にリタのデコピンが額に降ってきて、ぐいっとブルーグレーの瞳が寄って来る。


「あいて」

「あのな、お前は昔から自分を軽んじる所があるからな?気を付けろよ」

「そうですか?気を付けるって言ったってどう気を付ければ…」

「自分への価値が低いから世界から自分を消すという選択肢になる。他に方法はあっただろう」


リタの顔が不機嫌だ。そんなに皆にハブにされたのを根に持っていたのだろうか。小さい頃のリタは、物怖じはあまりしないくせに気の小さい所があった。皆が知らないことを自分だけが知っているということは、予想以上に怖かったのかもしれない。


「んもう、リタを巻き込んだことはちゃんと謝ったでしょう。根に持つ男はモテませんよ」

「そんなこと言ってんじゃ……、あーもういいよ、そういうことで」

「?」


リタは果胡に何か説教をしようとしていたようだが、恐らく何をどういっても伝わらないと悟ったのか、途中で心折れて項垂れた。それからリタは、頭を抱えたまま気を取り直すように話題を変えた。


「それにしても、お前が転生した理由、皆からオリヴィア=ダウズウェルの存在を消さなければならなかった理由を突き止めた方がいいだろうな」

「そうですね。転生をしたということは何かしらこの世界に転生してでもすべきことがあったからだと考えます。今この時に神が神子を生んでいないのなら、尚更それは神の采配に近いでしょう」

「神の意図だったと?回りくどいことするんだな、神ってやつは」

「こらリタ、神の下で滅多なこと言うんじゃありません」

「へいへい」


天罰が下るとか不幸が訪れるとか、神はそんな幼稚なことはしない。悪口言ったくらいでいちいちそんなことをするほど神は暇ではない。怖いのは神を信じる人間の方だ。神を侮辱すれば崇拝する人間からの天罰が下る。


「と言っても、確認にせず予想を鵜呑みにするのはミスリードとなりま……、って、あれ?」

「あん?」


結果を急ぐより、浮いた場所を少しずつ踏み固めていった方が得策かもしれない。果胡は地道な情報集めになりそうだと少し憂鬱になっていたところに、早くも浮いてきた所があることに気が付いた。


「私は世界から私を消したはずです」

「あ?あぁ、そうだな?」

「人から、歴史から、血縁から…、リタ以外からは全て」

「何をどうしてもオリヴィアは見つからなかった。散々探したんだ。間違いない」

「そうですよね。私の魔法は完璧だったはずです。なのに、」








では何故、あの本にはオリヴィア=ダウズウェルの名が記されていたのか。










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