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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第二章 秘められた事実
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世界からの消滅

理由は失った。


いや、正確には何処かに落とした。


ただ、オリヴィアが自身でそうした事実自体はまだ手元にある。


その時の思いとか、目的とか、感情は全て拾い上げられていない。


ただ一つ落とさなかったものは、世界が全て自分を殺してしまったら悲しいと思った感情だけだ。





だからオリヴィアは、リタを犠牲にした。










「すみません、リタ」

「何だいきなり」


突然深々と頭を下げる果胡に、リタは盛大に眉を寄せる。


「私の我儘にリタを巻き込みました。私が死んだ後、大変だったでしょう」

「…何だ、そのことか」


果胡の気に病んでいる様子を見たからか、リタは思い出す素振りを見せながらそうだったかも、と答えた。


「確かに混乱したよ。お前がいなくなっても気にする奴がいないし、あんなにオリヴィアを溺愛していた親父さんやおふくろさんまでも忘れてるし…、最初からお前がこの世界に存在していなかったようにされているのが……、一番辛かった」

「…すみません」


オリヴィアの何を話しても、誰に聞いても、存在を確立できない。肉体があっても、ただの誰も知らない器なのだ。たった一人、リタだけが知るオリヴィア=ダウズウェル。それをどう証明しようというのか。

こんな虚しいことがあろうか。


「まあ、良かったよ。お前がこうして転生魔法を使って、俺のオリヴィア=ダウズウェルの記憶が夢ではなかったと証明できて」

「本当、ごめんなさい。本当はこんなつもりではなかったんです。リタを含む全ての人からオリヴィア=ダウズウェルを消すつもりだったんです」


だが、直前に躊躇してしまった。


情けない、と果胡は短い溜息を漏らす。

オリヴィアの存在を消す理由があったのだ。その人がどんな存在であっても、全世界から人一人の存在を消すというのは簡単なことではないし、それなりの理由があった。オリヴィアは、決死の覚悟を持って挑んだはずだ。オリヴィア=ダウズウェルという人間は、決して弱い人間ではなかった。意志が弱い人間ではなかった。無責任な人間ではなかった。破天荒で、頑固で、変なところネガティブで、他人の不幸まで背負ってしまう。そんな人間らしい人間だった。


にも関わらず、躊躇いが生まれた。


いや、そんな人間だったから躊躇いが生まれた。







「直前で、寂しいと思ってしまったんです」







オリヴィアが至極真っ当な人間だったから、リタだけはオリヴィアを忘れることができなかった。


リタを、世界に一人にさせていたのだ。




「……まあ、お前が謝ることじゃないさ」




俯く果胡の頭に、昔よりは随分と大きくなってしまった手が乗っかった。その温かさは変わらなかったけれど。

十六年前よりはほんの少しだけ早く手を離したリタは、その手の行き場を探して、最終的にポケットの中に収めた。


「結果論ではありますが、リタの記憶だけ残しておいて良かった部分もあります。本来、私はこの世界に召喚された時点でオリヴィアの記憶を取り戻す予定でした。それがどう狂ったか、なかなか思い出さなかった。リタが書庫に連れていってくれなければどうなっていたか分かりません」

「それもあるけど、大体お前は何であの樹海で傷だらけの状態で召喚されたんだ?ともすれば死んでた怪我だったろ」

「それは……、あの場所でオリヴィア=ダウズウェルは死んでしまったからで、それで、……、」


果胡では分からなかったことでも、オリヴィアなら分かる。転生魔法を使ったのはオリヴィアで、使ったタイミングも、環境も条件も、オリヴィアは覚えているからだ。


十六年前の、あの日を。


「それで……、」


口篭る果胡の言葉をリタは黙って待っていた。催促もせず、呆れもせず、彼女が答えるのを。

だが、机上に置いてあった袋の中の氷が全て溶けてしまうと、リタは細い息を吐いた。


「言いたくなければ言わなくていい」

「で、でも……」


リタは転生したオリヴィアにとって唯一の理解者だ。世界から存在がなくなってしまった今、手放しで果胡のことを、オリヴィアのことを分かってくれるのはリタだけだ。情報の共有はしておくべきなのに、どうも口が言うことをきいてくれない。言いたいとは思っているのに、言葉をなくしてしまったみたいだった。


「そこで死んでしまったということは、少なくともいい記憶ではないと言うことだ。その時のことを覚えているなら、思い出したくはないだろ」

「リタ…」


彼は昔からものぐさで他人になど興味はなかったけれど、気遣いが出来ない人間ではなかった。人の気持ちが分からない人間でもなかった。むしろ怖いくらいに察しの良すぎるエスパーだった。


「今すぐに知らなくてもいいことなら、話せるようになった時に話せばいい。気が乗らないうちに話したって上手くまとまらないだろ」

「……そ……うですね…」


いつの間にか果胡は絆されてしまって、服を握りしめていた手からゆっくりと力を抜いていく。

知らず知らずのうちに緊張していたみたいだ。記憶を整理するのは案外体力を使う。まだまだ散らかっているところばかりで、今の時代との整合性も図らねばならない。十年以上の年月は、簡単に時代を変えてしまうのだ。




「それで、お前これからどうするつもりだ?」

「え?」

「え、じゃねーよ。今日のところはここにいても構わないけど、いつまでもとはいかない。いずれカコの世界に帰るとしても、それまで間暮らしていく場所が必要だろ」

「ええっ!ここに住まわしてくれないんですか!?」

「くれません。ここは一人部屋だ」


部屋というより倉庫だが、確かにここで二人寝泊まりするのは厳しい。昔はリタもオリヴィアも子どもだったから良かったのだ。今はもう果胡は十六歳、リタなんてアラサーだ。あんなにひょろっこいもやしみたいな奴が、何立派に喉仏つけて、手を節くれだたせて、筋肉と筋を目立たせているのだろう。こんなはずではなかったから、果胡は二人寝られると思っていたのだ。こんな、大人になっているとは思わなかったから。


十六年あれば、人は姿を変えられるのだ。


「んもう、分かりましたよ。とりあえず短期で働けるところと暮らせる場所を探します。リタ、手伝ってください」

「えぇぇぇ……何で俺が……」


リタは、俺これでも忙しいんだけど、と肩を落とした。何が忙しいのかといえば明日の食事の副菜に使う栗の皮剥きだそうだ。百人以上いる城の人数分の量だから、結構なものだ。厨房の見習いだっているし、普通はそういう人たちがすべきことだろうに、本当にこき使われている。

哀れに思って果胡が眉を八の字にしていると、何故か分かった手伝ってやるから、と快諾を得た。いや、快諾ではなかった。顔が引き攣っていた。ものすごく面倒そうだった。






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