12、折れた心
12、折れた心
木下は最近、用もないのによく家にやって来るようになった。
「お前、また来たのか?暇なの?」
「俺、お前が孤独死してないか心配で……」
それ、真顔で言う事か?
「まだそんな年じゃねーよ!」
そう言うと木下が笑った。
「今は隼人がいるから孤独死じゃねーだろ。これで突然死んだら変死だ!変死!」
ったく、何を言わすんだよ!
「と、言う事で差し入れ」
木下はレジ袋を差し出した。中にはビールとつまみが入っていた。どうやら、久しぶりに飲もうって事らしい。
リビングに酒とつまみを広げた。木下と飲むのは久しぶりだ。缶ビールを開けながら言った。
「いつぶりだっけ?」
「記憶にあるのは、石守の親父さんなくなる前くらいだったかな?」
「5年前とか?」
5年も前か…………
「お互い年も取るわな~」
「もう三十路も越えたオッサンだしな」
「でも、あれだな。隼人君が来てくれてこっちとしては少し安心した」
それ、どうゆう意味だよ。
「あの姉貴が、この俺に、お願いします。って言ったんだぞ?完全に夢かと思って、柱に頭何度もぶつけて現実を確認したわ」
本当は頬を叩いたりするんだろうけど、その時は片手に筆を持っていて、それしか方法がなかった。
「姉の子だからって、隼人君に少し厳しくないか?」
「厳しくねーよ!」
「今時の子は折れやすいから。もっと丁寧に扱えよ」
そんなの、あいつを見れば分かる。隼人は折れてばっかりだ。折れて関節がないくらいヘロヘロで折れやすい。芯が全然見えない。
「あいつ、ここに来る前に飼ってた犬が死んだんだと。それからずっと、あんな感じらしい」
「それなら、尚更優しくしてやれよ」
「十分過ぎるほど優しいだろ!一ヶ月も学校行かせてねーんだぞ?たかが犬が死んだくらいで、学校行かねえって、甘やかし過ぎだろ」
木下は缶ビールをテーブルに置いて俺に指を差して言った。
「石守!今のは、全世界の愛犬家を敵にまわしたな。俺が愛犬家だったら今ごろ刺してたぞ?殺人事件になるところだったじゃねーか!」
「真顔で怖い事言うなよ」
「それは…………家族を失った悲しみは、お前が一番よくわかるんじゃないのか?」
何だよそれ……。
「今は…………裏切られた悲しみの方が強えーよ」
「いや、あれはもはや、ギャグだろ?笑えるだろ?」
「笑えねーよ!3年経っても笑えねーよ!!」
笑えない……。母親が死んだ時よりも、父親が死んだ時より、美紀がいなくなった時の方が痛かった。悲しかった。
「でも、まだ連絡つかないんたまろ?」
「ああ……」
親は自分より先に、あの世に行く事がわかっていたし、母さんに至っては、覚悟する時間もあった。
「確かに未練が残ると先に進みづらいよな~」
「むしろ未練しかねーよ!」
俺から去って行った理由すら、教えてもらえなかった。この先、教えてもらえる事はあるんだろうか……?それは、きっと一生ない。それはわかってる。
それでも、それがわかっていても、もはや笑えなくても…………生きて行かなきゃいけない。
心の1本や2本折れても、生きていなければ、理由が聞けない。
どうせ、これ以上失う物は何もない。そんな理由で……俺はただ消費するみたいに、生きていた。
「お前も、隼人と同じだな。フラれたぐらいで働かねぇとか、自分で自分を甘やかし過ぎだろ」
木下に、そう言われた。




