第10話 ⑪ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
サトルたちの改革は当然、イトナ最大にして最重要な軍事拠点が置かれていた魔獣の門にも及んでいた。
魔獣の門はイトナだけでなく周辺国にも甚大な被害を及ぼしかねないほど強力な魔物たちの進出を阻止する為の城塞都市であり、国中から壮健な若者たちを徴兵して防衛に当たらせていることは言及済みである。
それだけに国王夫妻はここの守りを重視しており、かつ国内でも王都に匹敵するかそれ以上に人口が密集することから、食事から衛生、医療に至るまですでに入念に整備がされていた。
「食事の内容はもちろん栄養バランスを考慮していて、駐屯している兵士全員に定期的な健康診断を実施してるからね……」
国王夫妻は兵たちの健康状態を常に気にかけていた。そのため日常の食事にも王妃が記憶していた栄養学の知識からバランスの取れた食事が出されていた。
「食い物がマズければ士気も軍規も崩壊する!この祖国防衛の最前線たる魔獣の門が、食い物の恨みで破られるような事があってはならんぞ!」
元より兵たちの圧倒的多数は農民なので、生鮮野菜は畑で栽培されていた。たんぱく質は支給品だけでなく迎撃して打ち倒した魔物の肉が出される事も。
さらに兵舎では整理整頓、清潔な環境の整備も国内各所に先んじていたので、サトルが国内全土に通達を出した際も、兵役経験者たちが意義を承知してくれていたので、かなりスムーズに展開することができていたのだ。
「軍関係は大丈夫みたいですが、町の方は大丈夫だったんですか?」
「うん。こっちも徹底してたよ」
魔獣の門は国内でも最も多くの壮健な成年男子が集められていたので、当然歓楽街も自然に形成されていた。
しかしここが野放図になってしまうと、折角兵たちの環境を整えていても病気が蔓延しかねない事になる。
そのため、歓楽街は軍事施設内部ということもあって、出入りする者たちは必ず関所で名前と身元の届出が義務付けられ、魔獣の門の外への退出が確認されない限り、必ず七日に一度関所に顔を出すことが義務付けられていた。
「かなり厳重なんですね」
理由が良く分かっていないのはマナだけ。
「ぶっちゃけ、これって遊女対策なんだろ?」
前世が男であり女に転生してからも男所帯を取り仕切ってきたカツミは、男の性的欲求について重々承知していた。
「野郎は、(酒を)飲む・(博打を)打つ・(女を)買うもんなんだよ。日本みたいに娯楽が沢山あったって、無くなるもんじゃねえ。まして他に娯楽なんて無いんだからな」
「ボクはその辺はよくわかんないけど、身売りされてる女の人ってどこにも沢山居たからね」
人が大勢集まる場所では自然と色町が形成され、各地から様々な理由で身売りせねばならなくなった女性が集められるものである。そしてそこから様々な病気が拡散してしまうことも珍しくはない。
「だからそれをなるだけ防ごうって事なんだろうな」
魔獣の門に、積荷に紛れるなどして届出をせずに勝手に入った者は、発見次第追放されていた。特に樽や木箱にまぎれて入れられている事が多かったので、鼻が利くワーウルフ族は検問を任される事が多いという。
「売られてきた女性の問題は踏み込み難いにしても、兵たちの健康維持を優先しての措置なのは分かるよ」
七日に一度の出頭は木片に拇印を押す事で確認しているが、その際にもワーウルフ族が立会い、特に人間の女の健康状態は確認されていた。そして理由無く二回連続で出頭しなかった者や、病気の感染が確認された軍属以外の者は、強制的に追放させられていたのだ。
残念ながら追放された遊女のその先についてまでは関知していなかったが、ともあれこの魔獣の門の防衛が最優先ということである。
ともあれこのように魔獣の門は国内でも先進的に各種の対策が取られていたので、他の都市と比べても喫緊を要する問題は見当たらなかったのだが、それでも手をつける必要が全く無いわけでもなかった。
「魔獣の門は人口が密集しているけど、場所が場所だから下水道を敷設するのは凄く厳しい。だけど軍事拠点だから色々管理もし易いからね」
サトルが着目したのはこの拠点でのし尿の処理だった。この周辺が荒野ということもあり、兵士たちや住民たちが出す大量のし尿は専属業者が引き取って、一定に離された荒野に掘られた穴に投棄されていたのだ。
『今後、汚物は荒野に穴を掘って捨てるのではなく、乾燥させて積み上げよとの事だ』
定期的に収集された汚物はモルタル加工された床に薄く広げられ天日でしっかりと乾燥。その後、同様に床がモルタル加工された屋根付きの小屋に草藁や土と共に何層にも重ね置かれ、定期的にし尿を掛けるようになった。
「なんでまたこんな事を?」
いぶかしがる業者や兵たち。しかし火薬ギルドの関係者はそれを見て驚嘆していた。
「摂政閣下は硝石を大量に製造されるおつもりなのだ」
サトルが行わせていたのは硝石丘法という硝石の製造方法だった。
乾燥地では微生物によって精製されても水に流され難いので比較的容易に土から抽出できると言われる硝石だが、湿潤な気候では流出してしまうので風雨に曝されない住居の床下や洞窟の下からでしか抽出が困難な上に、自然状態では微々たる量しか入手できないのだ。
しかしその環境を人為的に整えることで、早ければ数年で古土法より遥かに高濃度で硝石の抽出する事が可能になるという。それが硝石丘法である。
魔獣の門の郊外であれば使役する獣や人間のし尿が大量かつ安価に入手可能で、一定の距離を置けば人が住んでいないので悪臭が発生しても住民からの苦情も来ないし疫病の蔓延も防げる。さらに軍が直接施設を警護できるので、機密保持も比較的容易である。
「硝石の鉱脈は少なくともこの一帯には無いようだし、外国から流れてくる量もごく僅か。だったら、工業化が進んでハーバー・ボッシュ法で工業生産できるようになるまではこの方法が確実だよ」
門の守備に火薬兵器は極めて重要だが、高価なためこれまで余程の大物相手でしか使うことが許されていないと報告を受けていたこともあり、サトルは硝石の大量生産に着手していたのだ。
「硝石は火薬の原料だけじゃなく、他にも色々使い道がある。自給できることに越したことはないよ」
硝石は保存食の作成としてもすでに利用されていたが、他にも多くの利用法があるので大量に確保しておく必要があったのだ。
先に述べた王都の下水から採取した汚泥も、ここと同様に硝石丘法による硝石生産に使われていた。同じように一部の都市でも、採取した汚泥を乾燥させるなどして硝石丘法による硝石生産が行われるようになり、各都市の重要な収入源となっていくことに。




