第10話 ⑧ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
「閣下!この装置は?!」
王都の中央に設置された真円形の池の中央から浄水場から運ばれた水が湧き出して、各方面に向う大きな水道管に注がれていたのだが、その仕組みを見て領主たちが驚きの声を洩らしていたのだ。
「見ての通り、浄水場から送られてきた水は、ここから各地区向けに“均等に”分水されるんだ」
それは円筒分水と呼ばれる装置であった。円筒分水とは円筒状に組んだコンクリート設備の中心にサイフォンの原理で導水し、円筒を越流させて分水する方式である。この装置を使えば、水平な円筒から水を越流させるので方向ごとに偏りが生じず、流量を勝手に変更するような不正が行われにくいのだ。
「閣下、この装置を作った技術者を我が領に派遣していただけないでしょうか?!」
その言葉に我も我もと続く諸侯たち。
「ああ。この装置はこれから王領の各地に敷設していくから、習得させたい技術者と労働力を提供してもらいたい」
その発言にどよめきが起こり、諸侯は追従した。
「なあ、あの装置になんでみんな目の色変えて食いついたんだ?」
カツミの疑問にマドカが答える。海賊稼業が長かったカツミには、水を分配する装置の意味はあまり良く分からなかったのだが、放浪騎士だったマドカはその意味を理解していたからだ。
「そりゃ目の色変えるよ。だって水を平等に分配できるんだもの。それもあんなに分かりやすくだよ!」
マドカは放浪の騎士として諸国を巡っていたので、各国の村同士のいさかいの現場を何度も見ていたし、その原因の大半が水を巡っての事だとも良く知っていた。
「やれあっちの方が多く水を入れているからうちが少ないだの、向こうが自分たちのを不正して横取りしているだのってお互いに言い合ってすぐ喧嘩だもん。それで拗れたら石投げあったり、農具を武器にして叩き合ったりして村同士で戦争しでかしてたんだから」
「なるほど。そいつは面倒だな……」
各地を流浪していたマドカに持ち込まれた仕事の幾つかはそんな水利権争いへの助太刀であり、ある件では争う双方から同時に持ち込まれたことさえあったので良く覚えていたのだ。
なお、放浪騎士や傭兵たちにとって村同士の争いへの介入は、余程の事が無いと大金は望むべくも無かったが、現金代わりに食料が出ることが多いので、当面の食い扶持の確保ができるからと中級以下は介入する者が多かった。
「ボクが首を突っ込んだのは、相手が明らかに傭兵団引っ張ってきてて、一方的に相手の村を潰しちゃおうとしていた時だけだけど、あれすっごく面倒だったよ……」
それはある地域が局地的に旱魃に襲われた時の事だという。一見水は不足していないように見えたが、その地域は干満の差が大きく潮水が上流まで遡上していた。そして乏しい真水を巡って向かい合う村同士が対立していたところ、目をつけたあくどい傭兵団が介入して一方的な展開になる寸前だったという。
「いくらなんでもやりすぎだったから、ご飯代だけで介入して傭兵団ボコって追っ払ったけど、連中が最後に真水の貯水池壊して逃げちゃったから水不足がどうにもならなくなって……」
「それでどうなったんだ?もしかしてどっちも干物か?」
しかしゆっくりとマドカは首を振った。
「まず残ってた真水はボクが監視して平等に分けたけど全然足りなくて。で、どうせ水が無くて全部枯れるんだったら、上ってきた潮水入れたって一緒なんだから入れちゃえばいいって提案したら、どっちも受け入れてヤケクソで潮水を畑に引いたんだ。そしたら収穫量は何時もの半分ぐらいだったけど、何とか飢えないぐらいは取れたって後で聞いたよ」
この出来事は月光の騎士マドカを彩る逸話としてかなり盛られて周囲では語られていたのだが、ともあれ水の分水が原因で起きたトラブルが発端である。
「うちもお父様を悩ませていたのは水争いだったもの。今もカイがずっと悩まされているのよ……」
領主の娘であるナツキも頷く。領主の大事な仕事の一つは裁判だが、その案件のかなりの数が水争いによるものだったのだ。
それも領内ならまだしも領地の境界線は河川で区切ることが多いので、隣の領主と良くて調整、ことによると対立せねばならなくなる。しかも、なあなあで済ませようと対応を誤ると、双方が判定に不満を抱いて一揆に発展しかねない。
「イトナでは領主の領地は職責に応じて定期的に配置が変わるんだけど、その時の査定基準に領地経営の配分が大きいの。特に一揆なんて起こされたら、降格されるかもしれないのよ」
ナツキが語るように、このイトナでは領主の地位は必ずしも安泰というわけではなかった。
イトナはダイキたちの統一事業を経て、王家が国土の過半を代官を派遣して直接治め、家臣たちが残りを分散して統治する体制になっていた。但しそれらの領地は永年固定ではなく、職責に応じて定期的に国替えが行われるので、日本の江戸時代で言えば天領と譜代大名のみが存在する状態に近い。
そしてその江戸時代同様、一揆の発生は領主の落ち度と見なされ、内容次第では降格はもちろん取り潰しさえ有り得る制度となっていた。実際に建国から五年で功臣ながら領地で目を覆うほどの悪政を敷いた者は、発覚後領地を没収され国外追放処分となったという。
そんな次第なので、どの領主も一揆が起こされないように、平等な分水方法を模索し頭を悩ませていたのだ。
「なるほどなぁ。それなら誰がどう見ても見事に水が平等に分配される装置があるなら欲しがるのは当然だよな……」
サトルが王都の広場にあえてこの施設を誰にも見えるように建設したのは、この円筒分水の効能を知らしめるためでもあったが、その目論見は見事に成功していた。
誰もがその目で水が平等に不正なく分水できる装置の出現は、浄水場以上にイトナはもちろん周辺各国でも話題になり、見学者はもちろん、技術の習得を望む者が大勢来訪。水利権問題で争いが絶えなかった地域は積極的に円筒分水を導入し、水利権を原因とした紛争は目に見えて減少していくことになる。




