第10話 ⑥ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
サトルが広げたのはかつて王都に上水を運び込んでいた上水道を記した地図だった。標高が高い上流から飲料水を引き入れ、丘と丘の間には石造りの水道橋を掛けて水を導くという大規模なもの。
しかし先ほども述べたように、水道橋はあちこちが失われており、補修して使い物になりそうなのは王都と近傍の丘を繋ぐ一本のみだった。
「この丘にはかつて上水の貯水池があり、現在は上流からではなくもっと近くから、飲み水には使えない水質の水を引き入れて農業用水の貯水池として利用している訳だけど」
「それを転用されるというのですか?」
「うん。砂や泥、細かな金属類が極端に混ざっていなければ、処理して飲み水にできるんだ」
この取水口付近は河川改修工事の範囲であり、その取水口や用水路は補強と改修工事が行われていた。無論、上水道建設の一環としてである。
「さすがにいきなり完成というわけには行かないけど、飲み水の改善は急がなければならないからね」
こうして既存の設備を転用しての上水道、浄水場建設も動き出した。
それらの施設が完成し、稼働したのはおよそ一年後。その際、王都への送水を行う三日前にサトルは重臣や領主たちを招き、施設の見学を行っていた。
「まずは堤防と取水口ですな」
クルクゴ川の王家の直轄領側には重厚な土塁の堤防が続いている。そして取水口手前であちこちから驚きの声が漏れ聞こえて来た。
「これが取水口!」
そこには石と石の間に分厚く真砂土が盛られて固められた城壁のような門があった。だが彼らが驚いたのはその門もだが、そこから河川に食い込むように渡されていた堰である。
「クルクゴ側に楔のように刺さるこの堰は?」
「これは見た目そのまま斜め堰というんだ」
サトルはクルクゴ川の河川工事については、歴史的な施設を参考に工事を進めさせていた。特に地元九州では最大の河川にして暴れ川として知られる筑後川、その堀川用水は可能な限り資料を集めて研究していた。そしてこの斜め堰は山田堰を参考にした傾斜堰床式石張堰であった。
この堰は河川の流れに対して垂直ではなく斜めに向くように建設されており、堰そのものも浅い傾斜の山形となっている。こうすることで堰を分厚く頑丈にできるだけでなく、過剰な水圧を受け流し、かつ川底が掘られて堰の崩壊を防ぐ事もできるという仕組みであった。
これに現在の山田堰の場合は土砂吐き、舟通し、そして魚道の三つから水流を逃がしているが、このクルクゴ川の斜め堰でもこの構造をほぼ踏襲していた。工事では水が少なくなる時期を見計らって巨石の投入と人造石工法を合わせて突貫工事を行い、増水期までになんとか工事を終わらせる事に成功していた。そして増水期の水流はもちろん、豪雨での増水にも見事に持ち応えて見せたのだった。
「過剰な水は堰を乗り越えていくから取水口に過剰な負担は掛からないし、水が少ない時でも一定量は確実に確保できる仕組みだよ」
斬新な構造の堰を見て誰もが驚きの声を漏らしていた。そして一行は取水口に。
「水門は細い板を使われているようですが、これであの大河の流れを受け止められるというのですか?」
「ああ。良く見てくれ。この取水口の門は二重になっているだろ?」
言われたように、この水門は二重構造になっていた。水門の板は細長いものを段々に積み上げていく方式で河川側は高く、内側は何枚か減らしてその間にも水を入れていたのだ。
「なるほど。負荷がかかるのは上辺の分だけとなる訳ですな」
「そしてこれだと砂が多い底の水をわざわざ取り入れなくて済むからね」
その説明にまたもどよめきが起こる。この流域の取水口はもちろん用水路は砂で埋まってしまうことが多く、維持するためには常に多大な努力が必要となっていたからだ。かつて世界帝国時代に網の目のように巡らされていた用水路網がほとんど埋まって機能しなくなっていたのもこれが大きな原因であったのだ。
さらに取水口から先に進むと、今度は大きな池が姿を現す。
「そのまま用水路に流すわけではないのですか」
「いくら砂が少ない上澄みを入れたからといって、砂が皆無になったわけじゃないから、ここで沈殿させるんだ。沈砂池だよ」
説明の通り、取水した水は一度沈砂池に導かれてから上澄みが用水路に送られる。こうすることで用水路の浚渫回数を劇的に減らすことができるようになったのだ。
さらに沈砂池から下流に繋がる水路が設けられており、この水門は丈夫な金属製の一枚板が使われていた。この水路は下から開放することで水圧が掛かり、沈殿した砂を勢い良く排出することができるという仕組みになっていた。
「最初の建設に費用が掛かっても、維持の手間を減らすことで元を取るというわけですか……」
こうして沈砂池を経由して砂が除かれた水が用水路を流れ、領内の耕作地を潤していくのだ。
そして行く先に姿を現したのは大型の水車群。これは大型ではあったが既存の技術を用いており、それほど一行を驚かせるものではなかったが、こうやって高台にある貯水池に潤沢に水を送っているわけだった。
そして到着した貯水池は以前から王都に近い水場であり、景勝地として公園も整備されていた著名な場所である。
「失礼ながら、ここはあまり変化が無い様ですが」
「ああ。浄水場はこの下だよ」
「いよいよですか」




