第10話 ⑤ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
サトルとマナ、そしてナツキは医師や担当役人たちを集めて公衆衛生についての勉強会を開催していた。そこで示したのは持ち込んだ顕微鏡と、それが拡大して映し出した微生物の数々。そして彼らは初めて目にする目に見えない微生物の姿に驚嘆の声を挙げていた。
「これらの生物のうち、どれが人体に害を成し、逆に益をもたらすのかは研究して解明していくことになるけど、いずれにせよこれらを口に入れたら、すぐに病気にかかる事は理解できると思う」
その言葉に大いに会場はざわめく。
『確かにあんなものが体内に入れば……』
『私の体内にもあんなものが?!』
誰も彼も、目に見えない微生物の事など想像もしていなかっただけに衝撃は大きかったようだ。
「個々の病の原因の特定と治療法の確立には膨大な時間が必要になる。でも伝染病を極力遠ざける事は可能だという事を、まずは理解してほしいんだ」
ここでサトルは流行病の大半が不衛生が原因で発生し、拡大していくことを説明。参加者のほとんどは顕微鏡を見たことでそれに納得してくれたようだった。
『承知しました閣下!』
かくして王都だけでなくイトナ全土の衛生環境の改善運動は、若き官僚たちによって強力に推し進められていくことになった。
他にも若き官僚たちの活動を資金面でも知識面でも強力にバックアップしたサトルは、自身の発言権も強まる事にも繋がったと後ほど知ることに。
「清潔にする運動は始まったけど、これだけじゃないんだよね、お兄ちゃん」
「ああ、もちろんだ。清掃活動だけじゃ、特にこの王都だと限度がある」
そう言ってサトルはガラス瓶に入った水を揺らす。
「お兄さん、これは?」
「これは王都の井戸水だよ。それも頻繁に利用されてる庶民用の井戸から汲んできた水だ」
マナの疑問に答えたサトルは、手にしていた水質検査キットにその水を垂らす。程なく各項目で異常を示す色が濃厚に出てきた。
「特にバクテリアや細菌類の反応がヤバいな。他も結構危険な反応が出てる」
現代日本では間違いなく飲料不可の判定がでる内容であった。いくら飲む前に加熱が推奨されるとはいえ、貧しくて守れない場合も相当数あるのは自明であった。
「私が飲んでいるお水は離れたところから毎日汲んできてるけど、やっぱりそういうことだよね……」
王都の飲み水はこれまで深く掘った井戸水を使っていたのだが、下水の処理が不適切だったためにその大部分が汚染されていた。そのため上流階級は王都から離れた泉水から飲み水などを得ていたが、庶民は汚染された水を煮沸して飲み、時にはそれさえ行わずに口にしていたのだ。
「こんな水では、いくら手洗いや沐浴をおこなっていてもあまり効果は望めないですね……」
マナの呟きに一同は頷く。農村部は清浄な水の入手が容易なので、例えば手洗いを行うだけでも効果は高い。しかし王都の場合は数少ない水源である井戸水それ自体が汚染されているのだ。そして他に水の入手が困難な層には改善が見込めず、その層が流行病の発生源になりかねなかった。
「王都の衛生環境を改善すれば、病気に掛かる人も少なくなる。そのためには綺麗な水を常に供給するのが大事なんだ」
「それじゃあお兄さん、やっぱり」
「うん。上水道を整備しよう」
サトルが王都の上水道の整備計画を持ち出すと役人が意見を述べた。
「閣下、確かに綺麗な飲み水は王都には必要です。しかしそれを確保しようとすれば、上流から清浄な水を導水せねばなりませんが、水源はあまりにも遠いのです……」
確かにこの王都の飲み水は世界帝国時代には強大な国力を背景に遥かな上流から水道橋を延々と連ねて導水していたのだが、現在それらの遺構は殆ど失われていた。
「水道橋を再建するとなると、堤防工事の何倍もの資金が必要になるかと……」
水道橋は現存している部位をサトルたちはすでに視察していた。
外観も機能も地球の古代ローマ帝国が建設していたものに酷似しており、全て石積みで作られていた。
「凄いですね。立派な観光資源になりますよ」
「そうね。だからこそ途方も無い資金が継続的に必要になるということよ」
この橋を維持するだけでも存分に費用が掛かるが、世界帝国時代の水道橋部分の総延長は50km近くにも及んでいる。
「管を使う方法もありますが、水源地が動かせない以上は送水する距離は変わりませんし、建設費用が抑えられても、維持費用を考えますと……」
水道橋でなく水道管を敷設する方法もあるが、水道橋を掛けるよりは工事は楽だが、サイフォンの原理で送水する都合、あまり長距離だと維持整備が困難になると考えられていた。そのためこの役人はあえて懸念を示したのだ。
だがサトルには策があるという。
「いや、今回の堤防工事と合わせて作る用水路からの水で対応するよ」
「なんと?!」
クルクゴ川の水、特に王都近郊になると水に細かな砂や泥が大量に混ざっているので、農業用水には使えても、とても飲み水にはできないからだ。
「うん。だから王都近郊に“浄水場”を作る。それなら浄水を長い距離を引っ張ってくる必要は無いからね」
「じょ、浄水、場?!」
聞きなれぬ言葉に驚く一同。しかしサトルはすでに準備を進めていたのだ。




