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第10話 ③ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編

 さらにもう一つ、サトルの肝煎りで進められていたのは衛生環境の改善であった。


 サトルたちが日本の図書館で特に入念に調査したのは、古代ローマと江戸の衛生問題だった。特に古代ローマは二千年以上昔に当時としては破格に高度な上下水道網を建設・維持していたからであり、そして同時に古代ローマの衛生環境について現代の目から見て改善すべきであった面を調べ、その対策を行うことも重要視していた。


 サトル、マナ、ナツキの三人は、古代ローマでは上下水道や公衆浴場が普及していたので衛生問題はあまりなかったのだろうと思っていたのだが、実態を調べて面食らっていた。


「上水道はともかく下水道は維持にも気をつかっていたけど、連結していない住宅も多くて路上への投棄もたくさん」


「その上、清掃サービスが無かったなんて……」


 それ故に路上は汚いままの場所も多かったという。似た話はその後、近代に入るまでの欧州の都市でも良く見られる光景だったようだ。


「ローマの浴場は名高いけど、毎日のお湯の入れ替え清掃まではやっていなかったみたいだね」


「共同トイレでのお尻拭きは海綿製で共用。それも水洗い程度だったなんて……」


 さらに現代では当然のように行われている衛生面への対応が、殆どされていなかった事にも驚きを隠せない。


「古代ローマは当時としては物凄くインフラが整っていましたけど、現代の目で見たらきちんと対策できたことをやらなかったから、伝染病の蔓延を招いていた事が多いんですね」


 そこで学んだのは、折角インフラが整っていても適切に利用できなければあまり意味が無いという事だった。


「だからインフラを整えるだけじゃダメってことなんだ。むしろ大切なのは教育だよ」


 静かに頷く二人。そして計画をまとめて、ミキに話を通してからサトルは衛生問題に着手したのだ。


「流行り病の大半は公衆衛生を改善すれば撲滅できる!この活動には身分の区別無く協力してもらう!」


 地球の歴史を紐解けばすぐに分かることだが、歴史上で大量に人命を奪うのは戦災ではなく流行病。それも公衆衛生を改善すれば蔓延はもちろん発生さえ抑えることが可能と判明した病気が大半なのだ。


 そこでサトルは国内の宗教指導者たちを呼び、とある依頼を行った。


「どの宗派でも週に一度は住民を集めて礼拝を行っていると聞いている。だからその際に必ず徹底して欲しい事があるんだ」


 それは礼拝前に必ず自宅の清掃を行わせる事と、終わったら清浄な水で自分の身を清めておくこと。そして衣類は必ず洗濯を行わせるだけでなく、定期的に蒸しあげるかお湯で煮る事だった。


 さらに日常的にな手洗い、特に食事前に清潔な水で手を洗って乾燥させる習慣を普及への協力も依頼した。


「偉大なる存在を崇め称える事と、それらは反しないと思う」


 率直な意見を口にすると、この国で最も権威ある一人はすぐに相槌を打ってくれた。


「摂政閣下の言われるように、祭壇だけでなく、身を清め、住処を清める事を偉大なる天地は望まれこそすれ、否定はなさいますまい」


 かくしてサトルの提案した衛生改善運動は、幸いにして地元の各教団、宗派を問わず素直に受け入れられ、指導が行われる事になった。


 元々イトナ王国はダイキが各教団を抑えて建国した経緯もあって、宗教より世俗権力が圧倒的に優位な国であった。その上、今回の指導依頼はイトナに存在する全ての教団の教義に接触せず、かつ崇拝すべき存在を高める意義もあると素直に判断されたのだ。


「病気を蔓延させるのは巨大な魔物じゃない。ネズミのような小さな非力な動物や、血を吸ったり食べ物目掛けて飛び回る小さな虫が病気を蔓延させる元凶なんだ」


「だからそういった動物や虫が大量発生しない、人の住む環境に触れさせないようにしなきゃいけないって事なんです」


 この世界においてもネズミのような小型の動物や、ノミやシラミやカのように人間の血を吸うものや、ハエのように糞や死骸を食べて成長し、飛び回って周囲を汚物で汚染する小型生物も存在していた。


 病原体は地球のそれとは異なり、地球で開発された薬品が通じる保障はあまりないであろうから、この世界で地道に開発していくしか方法は無いであろう。しかし、衛生環境を改善できれば、蔓延を未然に防ぐことができるのは間違いないことだった。


 かくしてサトルは地元の教団などの協力も取り付けて、人々の意識改革にも着手したのだ。


「しかし遊牧民にはどう対応したものかな?」


「それなら大丈夫だワン!」


 ドリンが言うには、遊牧民であるワーウルフ族は幸い定期的に防虫効果の高い特殊な薬草を焚き染めたテントに入ってテントのみならず自身の毛皮につきやすい害虫を落とす習慣があるという。それを聞いたサトルは、それを一層徹底して欲しいと依頼した。


 これらの運動は市井の人々の因習にも抵触しかねないので一朝一夕で成しえるものではなく、長い年月を掛けてこそ成果を出せるものである。しかしその一歩を踏み出し、後押しせねばいつまでも疫病の猛威に無知なまま翻弄され続けねばならない。故に諦めずに続けていかねばならないのだ。


「一番の問題は王都だ……」

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