第10話 ② お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
サトルからの出資を得たイトナの治水工事は開始された。大勢の労働者が働いているが、彼らは農閑期に入ったので余力が出来た周辺の農民たちが大半だった。
「今回の工事はあったかいメシも出るし日当まで貰えるんだ!」
「働き甲斐があるってもんだ!」
これまでは徴兵以外の労役は税金を体で支払うようなもので、食事や寝床はともかく賃金が支払われる事は余程の事がないと無かった。しかし今回の工事では、僅かではあるが貨幣が支払われるのだ。
「我がイトナは徴兵制のお陰で指示を聞いてくれ、その上工事に手馴れている仕事が早いのです……」
ダイキがイトナを統一してからは魔獣の門の防衛のために一定年齢の男性には二年間の徴兵制が敷かれていた。魔獣の門の防衛は国内の安全確保のためには絶対に必要なことであり、動乱から統一にかけて防衛の必要性は誰もが痛感していたので、反発は無かった。
ともあれイトナ国軍は魔物相手の戦闘だけでなく城壁などの修復や塹壕、土塁の敷設も日常的に行っていたので土木工事には手馴れており、そのため公共工事も迅速に行うことができるのだ。
「我々が以前から構想していたものを、閣下から頂いた資料と技術で強化しておりますから、きっとご期待に添えるかと……」
大まかな設計は長年このクルクゴ川と向き合ってきたイトナの技術者たちに任せていたが、サトルは参考になればと日本の江戸時代や現代の途上国で行われている近代技術の使用を最低限に絞った堤防や河川改修の資料を提供していた。
「オレの故郷ではこれを遥かに上回る技術で河川改修をやっているからね」
話を聞いたイトナの土木技師たちは心底驚いていたが、サトルはそれでもと首を振る。
「だけどこれだけやっていても、とてつもない大雨に見舞われたら脆い箇所から一気に崩れて酷い事になるんだ。だから万全なんて有り得ない」
現代の日本では僅かな例外を除いた河川はコンクリートで護岸され、大きな河川には堤防はもちろん機械式の巨大な堰や上流にダムが建設されるなど、治水対策は前近代のイトナとは比べようも無いほど整えられている。
しかし毎年のように全国のどこかで長時間に及ぶ集中豪雨の結果、大規模な土砂崩れや河川の氾濫が起こって甚大な被害が出ているのは読者諸氏にも承知の通りである。
大雨そのものを完全にコントロールする技術を獲得するまでは、いや、それを得たとしても恐らく人類は時と場所を問わず未来永劫自然災害と戦っていかねばならないのであろう。
「しかし何もせずになすがまま翻弄され続けるのが賢明とはとても思えません」
「うん。自然に翻弄され続けるのが良い事だとはオレも思わない。だからできることをやっていこう」
今回の工事では主な人員は王家の直轄地から募集された者たちだが、特に多く集ったのは直接受益できる地元の住民たちであった。
長年、河川が暴れる為に畑を広げることが難しく、住まいも高台を中心に作らざるを得なかったこともあって、それが改善されるならと、年齢上限を超えても参加を希望する年長者が来るほど。さらに食事の用意などを近隣の主婦たちが行うなど、地元から大勢の人手を得ることができたのだ。
こうして四ヶ月あまり続く農閑期の間に、第一期工事の予定通りに王都周辺の堤防と用水路がひとまず仕上がった。
「今までより随分立派な堤防だ!」
「これで大雨のたびに不安にならずに済むぞ!」
「畑だって広げられる!」
期待に胸膨らませる地元の民たち。そして第一期分の完成から二ヶ月後には大雨が周囲を襲っていた。
「さて、どうなった?!」
報せを聞いて駆けつけたサトルたち。堤防の敷設が進んでいた箇所は期待通りに水害の低減に成功していたが、流れを分断して勢いを弱めるための箇所は耐え切れずに決壊するアクシデントが発生していた。
「やはり水の圧が掛かる箇所には巨石の石垣が必要になりますな……」
視察する重臣たちの意見は一致していた。しかし王都周辺には質・量共に十分な巨石の確保が難しく、堤防に用いようとすれば遠方から運搬せねばならない。当然費用も時間も莫大に要求されるのだ。
「うん。この箇所にも“人造石工法”を導入しよう」
『人造石?!』
人造石工法とは明治時代に既存の三和土を改良して編み出された長七たたきの事である。材料の真砂土と石灰はイトナでも豊富に入手できるので、サトルが賊の討伐を行っていた頃からサンプルと共に知識を持ち込んで、イトナの国情に合わせた配合の研究を進めさせていたのだ。
「ここは大丈夫だったようだね」
『おおっ!!』
第一期工事では人造石工法は試験的に用水路の取水口の水門付近で用いられていた。即ち、単純に石垣で護岸するのではなく、石と石の間を真砂土と石灰などを練って作った長七たたきを十数センチほどの厚みで隙間を完全に埋めるようにして積み上げていた。
工事においても水中で固まる特性もあって作業は順調に進み、今回の大雨でその頑強さを証明して見せたという訳だった。
「閣下!この練り土、いえ正しく石があれば巨石を用いずとも堰堤の補強やより大きく頑強な水門を作る事ができますぞ!」
巨石の輸送には人力に頼らねばならないので膨大な人手を要するが、人造石の材料となる真砂土や石灰の輸送はそれに比べれば遥かに楽に短時間で行う事ができる上に、形状も思うまま。
材料が砂だっただけに強度を心配する声もあったが、サトルは長七たたきが百年以上堰堤として機能していると説明し、実際に施工された箇所は大雨にもびくともしなかったのを皆が目にすると、堰堤ばかりか城砦にも使えるとの声も出たほど。
こうしてまず王家の直轄地から堤防と水路の整備が進むと、配下の諸侯領にも技術者たちが送られて治水と灌漑の整備が進む。安定した取水が行えると分かると、農民たちは安心して農地を拡大していった。




