第9話 ④ お兄ちゃんの国土改造計画 資金調達編
「いいかな?」
サトルは残っていた鑑定士に耳打ちした。すると鑑定士は仰天しつつ主人の下に。ほどなく主人は婦人の応対を信頼する番頭に任せると、サトルの下に駆け込んできた。
「ほ、本当に宜しいのですか?!」
「ああ。六割貰えると約束してくれるならね」
主人は息を呑んで頷き、ネックレスを受け取る。そして、すぐに絹のように光り輝く小さな座布団のようなクッションの上に置いて婦人の下に向った。
「さて、どうなるかな……」
遠巻きに様子を眺めるサトルたち。婦人は真珠のネックレスを見て飛び上がるほど喜び、その場で購入すると宣言。価格設定は宝石商がその場で取り決めたが婦人は快諾。ネックレスはすぐに婦人の首に掛かった。
「あとは約束を守ってくれたらいいんですが……」
宝石商は本来ならサトルたちとの購入交渉と、婦人への売却交渉は別個に、自分たちの最大の利益になるよう立ち回るところだが、次に何時来店するかわからない最上の客との取引が目前にあったので、サトルたちに見聞きされている事を承知で条件を呑んだのだ。
婦人が上機嫌で店を去ると、すぐに主人がサトルたちの下に駆けつけた。
「ありがとうございます!間違いなくお約束の金額をお支払致します!」
サトルもマナもその額が具体的にどのぐらいなのかは全く把握していなかったが、今回彼らにはイトナの御用商人が同行しており、あとの話は彼に一任することができたので気楽なものだった。
「今の我々にはまだきちんとした販路が無い。だから今後もこちらにお願いしたいんだ」
確かに婦人に直接売りつければ莫大な資金が手に入った事であろう。しかしサトルはあえてこの店を仲介することで、今後の取引でもこの店から便宜を図ってもらう事を目論んだのだ。
「それでは後の事はお任せ下さい」
今回他に持ち込んでいた真珠の売却は、現地での時価や商慣習に詳しい御用商人に委ねたサトルとマナ。
支払即決で支払われたわけではなく、受け取りは後日とはなったのだが、いずれにせよサトルたちの下にはネックレスだけで城一つ分購入できると言わしめるほどの、他の真珠を合わせれば二つ分購入できるほどの巨額の金銀が飛び込んできたのだ。
この日の取引を終えたサトルたちは、そこから夜遅くまで酒宴に付き合わされることになってしまった。
「聞いたか“若旦那”!今夜はイトナから来た奴は好きなだけ飲み食いしていいんだとよ!」
「やったね若旦那!明日はホームランだぁ!」
「わうわう!!」
イトナの船団に加わっていた者は上から下まで大量のごちそうと酒が振舞われた。船乗りたちにさえ派手で際どい衣装の女性たちが一人一人に付きお酌までしてもらうほど。そしてカツミとマドカの周囲には身分を問わず大勢のうら若き女性たちが集まっていた。
「カツミ様!マドカ様!何卒武勇伝を私たちにもお聞かせ下さいませ!」
女性冒険者が珍しい訳ではないが、幽霊船団を打倒したのは僅かに六人で、うち五人までが女性。さらに真正面から戦った二人が眼前にいると聞いて、同じ女性たちが溢れんばかりに集まっていたのだ。
「いいなこれ!女になっちまった今でも気分いいぞ!」
思わずデレデレになってしまうカツミ。マドカは皆が聞いて楽しんでくれているからと素直に上機嫌にスピーチをしていた。
「こちらの若旦那さんも一杯いかがかしら?」
黒真珠のように黒く光る長い髪と小麦色の柔らかい肌、ルビーのように赤い瞳の美女がサトルの横に腰掛て水で割った蒸留酒を勧めてくれる。サトルも。
サトルは渡された一杯をゆっくりと飲んで気分がよくなり思わずにやけてしまう。そしてドライフルーツを美女の手から直接口に差し出されたところで、凍るような殺気に気が付く。
「おに……、いえ、若旦那さま、これ以上は不用意です……」
あからさまに機嫌を害したマナの剣のように尖った視線。サトルは苦笑いし、美女はクスりと笑って席を退いた。
「失礼しました。若奥様が同席だったのですね」
今度はその言葉に顔を真っ赤にしてしまうマナ。その様子をみて思わずサトルは笑ってしまっていた。
「若旦那さんは凛々しいお方。狙う者は多いとお見受けしますから、若奥様もどうぞご用心なさいませ……」
美女はマナの耳元に息を吹きかけるように忠告すると、艶やかな笑顔を見せて姿を消してしまった。
彼女の後にも美女たちがサトルの傍に寄ろうとしたのを見たマナは、憤然とサトルの腕を掴んで宴席から退出してしまった。
「マ、マナちゃんどうしたんだよ?!」
マナはサトルの些細な抗議を黙殺したまま宿に戻ると、部屋の中に押し込めてしまう。
「お兄さんはミキちゃんの婚約者なんですよ!もし正体がバレた上に、こんなところでハニートラップに引っかかったりしたらどうするんですか!!」
それからしばらくサトルは酔って回り難い頭を何とか使いながらマナを宥めてから眠りに就いた。マドカとカツミ、そしてドリンが戻ってきたのは随分遅く。しかも寝ていたところをたたき起こされた挙句に、サトルは動きを封じられた上に着衣を引き剥がされたりと、色々と危機に瀕してしまったところへ、怒髪天になったマナが介入して強引に収束させるなどの騒動が続いたのだった……。
ともあれ翌日から荷積みが済むまでの二日ほどだがサトルたちはこの貿易都市で様々な活動を行った。特に重視したのは情報だった。
「向こうから持ち込んで高く買い取ってもらえるものがまだまだ出てくるかもしれないからね」
各国の物産や売れ筋の品だけでなく、風俗はもちろん政治体制や動向に至るまで積極的に収集したのだ。
そして荷積みが終わると使節団と分かれてサトルたちはイトナに戻った。この期間で換金できた莫大な財貨を積んで。




