第9話 ① お兄ちゃんの国土改造計画 資金調達編
サトルが転生した妹によってイトナに召還されてから丁度半年が経過していた。
首都から程近いクルクゴ川の岸に、大勢の人々が集まって式典が開かれていた。その中にはサトルだけでなく事実上の女王であるミキの姿も。
「姫様、そして閣下。お陰様でこの日を迎えることができた事を切に感謝致します……」
この日はかねてより整備が望まれていた、クルクゴ川の治水工事の着工にようやく漕ぎ付けることができたのだ。
「重々承知していると思うけど、次の農繁期に入るまでには機能させられるようにがんばってくれ」
農閑期に入ったこともあり大勢の人員が投入できる事と、川の水量が減る時期が重なる今のうちに工事を進めようというわけだ。
「人員、資金ともにしっかりと頂いております。必ずやご期待に応えます」
現場の代表者たちの顔は固い決意に引き締まっていた。さらに近隣から集められた人員、すなわち地元の農民たちも表情が引き締まっている。長年取水や水害に悩まされてきただけに、この工事に期待しているのだ。
「みなさん。言うまでもありませんが相手はこの大河ですから様々な困難が待ちうけていると思います。しかし我が国の、何より皆さんのために必ず完成させて下さい!」
可憐な姫君からの力強い激励に応え、一同は拳を天に突き上げた。この治水事業は何よりも自分たちのためになるのだから。
(さあ、こっちももっと頑張らないとな……)
式典から退席したサトルはその日のうちに故郷に戻っていた。向うのは自宅から離れた場所にある、通りに面したマンションの店舗スペース。
ガラスの戸を開けると、金属の棒が数本打ち合って心地よい音が鳴り響く。店内は電球色で燈されているが基本的に暗めで、まるで隠れ家のようだった。
「お帰りなさい店長!」
「ただいまマナちゃん」
肩を回して椅子に腰を下ろすサトル。店内には他に客はおらず、マナもタブレットで情報を検索していたようだった。
「今日が着工式でしたよね」
「うん。何とかこぎつけたよ」
通信端末をマナに見せるサトル。そこには様々な道具を手に土を掘り出し、運搬する人々の姿が映っていた。
「今のところお店は?」
「今日の来店は三人で、小さなやかんとストラップが売れました」
「そうか。思ったより売れてるんだな……」
それは幽霊船団の討伐を終えて凱旋した直後の事。サトルが摂政としての方針を家臣たちを集めた会議の席で披露したとき、驚きの声が上がっていた。
「オレは国民が飢えない国を、易々と病魔で命を奪われない国を目指す!」
サトルは摂政として国内の制度の劇的な改革も、産業を興して工業化を進める事も示さず、国土全体の治水強化と農業の推進を行うと宣言したのだ。
「このイトナには目下頼りになるほどの地下資源は無い!だがかつては周辺に作物を供給していた農業地帯だったみたいだ。だからもう一度その姿を取り戻し、もっと発展させよう!」
しかし当然、その為には潤沢な資金が必要である。何時の時代、どんな世界であっても、お金が無ければ大事業の実行は不可能。絵に書いた餅である。
「しかしその資金は?」
「ああ。資金は当面オレが捻出する」
その場で言い切ったサトル。会議が終わった後に心配そうな顔のミキに呼ばれた。
「お兄ちゃん!あそこで大見得切っちゃったけど、そんなお金あるの?!」
しかしサトルは余裕の表情。
「確かに好きに出来る資金はあんまり残ってないな。でも手があるんだ」
こうしてサトルは先日から暖めていた構想を実行に移すことにしたのだ。
それから三ヵ月後。北区の自宅から少々離れた、通りに面したマンションの店舗スペース。周囲は機能しておらず、シャッターが下りたままの店舗ばかりの場所に、一堂が集っていた。
「お兄ちゃんおめでとう!」
ミキが祝福すると、サトルは笑顔で頷く。
「不思議に洒落た店になったじゃねえか」
カツミは店内を眺めて満足そうに笑う。店内には机、椅子などの家具が少々と、様々な小物類が並べられていた。
「これもみんなの、特にイトナの職人さんたちのお陰だ」
その言葉通り、この店に並べられていた品は全てイトナの職人たちの手によるもの。欧州やアジアとも違う、正しく異世界的なセンスのデザインの品ばかりが並べられていた。
「それでサトルくん、お店の名前は決めたの?」
マドカの問いにサトルは答える。
「ああ。異世界よろず堂。そのまんまだけどな」
「いいじゃない。この店ならそのままの方が相応しいでしょ」
ナツキはサトルの名付けに賛同。ミキも異論は無い様だった。
「私が店番をします」
楽しげな顔をしているマナ。店長はサトルで会計等はマナが担当。そしてこの店の商品の選定と配置は彼女が行っていた。
ともあれ店を構える以上は学業を続けていられないのでサトルは大学を退学。マナは今年度は休学し、様子を見ながら復学することに。
それを聞いた友人たちは正式な開店と同時に賑やかしに来てくれた。
「おめでとう二人とも!」
「で、いつゴールインする気なの?」
サトルとマナは同棲の上に店長と店員となってたので周囲からは散々冷やかされたが、本人たちは笑って受け流すばかり。買ってくれた物も学生では高額な品は無理なのでストラップや小物類ばかりだったが、それでも買ってくれた事は素直に嬉しかった。
「これで少しでも運転資金を集められればいいんですが……」
イトナを発展させる為に必要な物品や文献等の収集に必要な資金がサトルの手元の資金では足りないのは明白だった上に、個人を介したイトナからの金の換金にも限度があった。
そのため、マナは少しでもこちらで怪しまれずに資金を調達する為に、イトナの物品を販売する店を構える事を提案したのだ。
「まあ、こっちの収益は店舗の維持ができればいいぐらいで考えてるよ」
「ですね。奇抜な雑貨や家具はそんなに売れないでしょうから」
店に並ぶ机や椅子や小物類などは確かに珍しいデザインだが、デザインだけで持ち込んだわけではなく、使われた材料まで考慮されていた。
迂闊にイトナにしか存在していない金属や木材などを持ち込んだ事が鑑定で発覚した場合、どんな面倒を引き起こすかわからない。そのため材料はもちろん塗料などに至るまで日本から持ち込んだものを加工してもらっていた。
「とにかくこっちのお金を合法的に得るのが目的だからな」
材料費や人件費を厳密に盛り込むと販売価格の三倍以上になってしまうのだが、人件費はミキがイトナの国費で負担しているので勘定に入れなくて良かった。とにかく日本円というイトナにとっては貴重な外貨を獲得するために手段は選ばなかったのだ。
とはいえ大々的に広告するわけでもないし、品物一つあたりもそれなりの価格になるので買い手もほとんど無いだろうから、繁盛するとは最初から想定していなかった。
「まあ、本命はこっちだし」
サトルはトラックの積載重量ギリギリに、イトナで入手した銅板や銅のスクラップを積み込んで、金属スクラップ買取の店に売却していたのだ。
「でもどうして銅なのお兄ちゃん?」
計画を聞いた時にミキが尋ねた。売却するなら金の方が少量で高額だろうにという、もっともな発想なのだが、サトルが金ではなく銅を売却の主体に選んだのには理由があったのだ。
「銀はそんなに高く買い取ってもらえないし場所も限られる。金は買い取り場所は多いけど、目立つから目を付けられる。でも銅ならありふれていてそれなりの値段で買い取ってもらえるし、詳しい品質調査もされないから目立ちにくい。だから穏便に資金調達するなら銅が安全なんだ」
サトルの言葉通り、金の売却はアクセサリー類を少量ならともかく、大量に売却するのは大変だった。まともなルートで売るには煩雑な手続きが必要になるし、手続きを回避しようと裏ルートを使ってしまうと反社や警察に目を付けられる恐れがあったからだ。
だが銅ならイトナでも容易に調達可能である。そして銅はこちらでも大量に扱われるので金ほど厳密に質を検査される事はなく、買取先も豊富に存在しているので、目立たず資金調達が可能というわけだった。
無論、莫大な利益が出るわけではなかったが、仕入れの為の資金調達としては十分な額が確保できるのだ。
ではサトルたちは一体何を仕入れていたのであろうか?




