第8話 A-2 お兄ちゃんの不審船強奪作戦
時刻は深夜。
「それじゃあ行こう」
用意を整え、件の反社のクルーザーが止まっているハーバーに向う一行。目的地までおよそ2kmほどの道を徒歩で向う。車で乗り付けると証拠を残しかねないと判断したからだ。
今回参加したのはサトル、マナ、ナツキ、マドカ、カツミ、ドリンの六人。全員首に藁縄に呪文が書かれた短冊を結わえた呪具を首に巻いていた。
「それにしても便利だなこの“隠れ蓑”ってのは」
この隠れ蓑を身につけていると、周囲の光を曲げて姿が見えなくなってしまうというもの。
とはいえ日中であれば、人の輪郭がぼんやりと浮かんでしまうので間近では見抜かれてしまうのだが、夜間であればまず見抜かれないし、現代社会のあちこちに存在している監視カメラにも映らないのだ。
ともあれ一行は誰にも察知されずに現地に到着。例の男の姿は無かったが、取引に向うと思しき反社のメンバーが集っていた。
「あれだな」
新しめのクルーザーヨットの前に高級外車が停車していた。そしてその傍にスーツ姿にサングラスを掛けた数人と取り巻きの集団も。雰囲気からしてカタギではないことは明白だ。
「じゃあ始めましょう」
小筆で書かれた小さな紋様が大量に書き込まれた紙飛行機を一行の眼前に飛ばすナツキ。
紙飛行機は風を無視して一行の中央に届いた瞬間に青白い炎をあげて燃え尽きたが、それが催眠の魔術だった。その炎はサングラスを貫いて居合わせた全員の目に飛び込み、たちまち頭脳を支配してしまう。
「耐性がないならあれで三ヶ月は完全に私の言いなりよ」
ナツキが手を叩くと、居合わせた全員が直立不動の姿勢に。そこに超音波を発する小さな笛を吹くと、車の運転をしていた者が車に向って車のエンジンを切り、直後に車載カメラをもぎ取って、海に投げ捨ててしまった。
「こんなに高度な指示が出せるんですね」
「そうよ。私が本気を出したらサトルくんだって思うままかも」
驚くサトルたちにウインクしてみせるナツキ。
「大丈夫です。大なり小なりかかってますよ」
サトルたちが接近すると、一同は直立不動のまま。
「それじゃあ取引先までお願い」
ナツキが命令すると反社の面々はクルーザーに乗り込んでいく。最後の一人はサトルたちが乗り込むまで待機させ、終わってから乗り込むと慣れた動作でハーバーから出港した。
「よし、このまま玄界灘クルーズだ」
クルーザーに揺られるサトルたち。反社の構成員たちはナツキの強力な催眠術に掛けられているので、サトルたちの居る個室には入ってこない。じっとしているのを嫌がるドリンと、海が好きなことと万一を警戒したカツミが外に出ていたが、誰も二人に危害を加えるどころか相手にしようとさえしない。
「折角のクルーズですもの。楽しまないと」
夜の海の航海は極めて順調。二時間ほどでクルーザーは沖合いで停泊していた中型船と接触。特殊な信号灯で交信したのち、ほどなく接舷した。
(うひゃあ。相手も武装してるよ!)
(そりゃあ国際的な不審船だからな)
不審船に乗っていたのは覆面で顔はもちろん肌や頭髪さえ隠している者たち。当然のように拳銃や自動小銃で武装していた。
この不審船は元々某国で工作船として建造されたものだが、老朽化が進んで売却されたらしい。
闇ルートで売りに出されると、その性能に目を付けた某地域の海賊団が購入して母船として運用し各国の貨物船を無差別に襲撃して国際問題に。その後またも売却され、現在は洋上を跋扈する国際的な反社会勢力が使っているようだった。
「甲板に四人。全員自動小銃持ちか」
「やるなら一気に、だな」
「任せて」
先ほど同様の術を掛けると、甲板に出ていた者たちは全員ナツキの術中に落ちた。
「船内の全員を外に出して頂戴」
船内に戻っていく四人。ほどなく一人、また一人と甲板に出てきたので片っ端から暗示を掛けていく。あわせてドリンにも内部に侵入させ、異変を察知した者を即座に気絶させて引っ張り出してきた。
「大丈夫みたいね」
一気に不審船に乗り込むサトルたち。
「悪いがこっちに移ってもらうよ」
船員たちから武器を手放させてゴムボートに誘導していく。気絶させた者は手足をバンドで固定して放り込む。
「誰も残っていないな?!」
「誰も残ってないワン!」
人間を凌駕する感覚を持つドリンが船内を走り回って確認したので間違いは無いだろう。
「ねえ、この中身の粉みたいなのって」
「ああ。麻薬だろうな」
彼らは予想通り洋上で麻薬の密売を行おうとしていたらしい。だがイトナを高純度の麻薬で汚染させるわけには行かないので、これらは全て海に投棄した。
「折角だからこっちも頂戴するぜ。何せオレは海賊だからな!」
カツミは不審船だけで無くクルーザーも頂戴すると言い出し、サトルたちも同意。
用意してあったもう一隻のゴムボートに反社の一味を乗せて準備は完了。波の荒い玄界灘の沖合いにゴムボートで放置された彼らがどうなるのかは運次第というところだろうが、反社が相手なのでサトルたちは一切気にしなかった。
「ミキ!準備は出来た!」
『感知したよお兄ちゃん!転移させるね!』
イトナに居るミキと交信し、船を二隻まとめて転移させる。
「さて、どこに出たんだ?」
二隻が出現したのは波のある玄界灘から打って変わって波が穏やかな湾内。場所は港町ナツノの傍だった。
「よし、成功だ!」
かくして一行は反社のクルーザーと国籍不明の不審船と共にイトナ国に到着したのだった。
「よし、積荷を再確認するぞ」
改めて不審船の船内を確認するサトルたち。不審船の内部の格納庫には二隻の小型モーターボートの他に大量の武器が。その中には多数の拳銃・自動小銃に弾薬だけでなく、軽・重機関銃や対戦車用の兵器まで大量に積まれていたのだ。
さらに甲板の覆いを剥がすと、前方にはM40無反動砲、後部からエリコンSS20mm機関砲が姿を現わした。どちらも60年以上も昔の骨董品だが、どちらにも十分な弾薬が用意されているのを見るに十分使えるようだ。
「すげえなぁ。これだけあれば、一回だけならこっちの軍隊ともやりあえるんじゃないか?」
「そうだよね」
麻薬や武器の密売を行うこの船のお陰で北区の平和が乱されていたわけだが、この時ばかりはその存在に感謝した一同。
「どうせ向こうにあってもロクなことに使われないんだ。だったらオレたちが幽霊船退治で使ってやろうじゃねえか!」
『おおーっ!!』
かくして十分な装備を得たサトルたちは、漆黒の悪霊団討伐作戦を実行に移す事にしたのだった。




