第6話 ④ 帰ってきた者たち
翌日。自家用車では手狭だったのでレンタカーでワゴン車を借りて視察旅行に出発する。
「みんな、これは二泊三日の研修旅行だからな」
「気が付いたこと、イトナでも使えそうなものを見定めるんですよね」
一行は二泊三日で県内だけでなく周辺にも足を運ぶ。イトナの発展のヒントを求めて現役の歴史的な遺構などを巡るのだ。
「おう、こんなことするのは前世の小学校以来だな」
「ボクは初めてだよ!」
道中、田畑を突っ切る県道を走りながらナツキは呟く。
「こうして見ると現代の地球というか日本って改めて凄いわよね」
「道は舗装されてるし、車もたくさん走ってるし」
一行は至る所でコンクリートと鉄が溢れかえっている事に気がつく。発達した工業は大量のコンクリートと鉄鋼をあらゆることに使うことを可能にしているのだ。前近代であり、小規模な高炉での鉄生産がやっとのイトナでは、とても真似できるものではなかった。
ほどなく河川敷に近づく。すると最近発生した豪雨で破損した箇所の復旧工事が行われている現場が見えた。そこでは複数のショベルカーやホイールローダーが土砂を掻き出し、ダンプカーが撤去された土砂を運び出していた。
「しっかし機械ってすげえよなぁ、あんなの人力じゃどれだけ掛かるって話だよ」
大きな流木をショベルカーのアームが掴んで悠々とトラックに搭載していく。人力で行えば何時間も掛かる作業だが、重機を使えばあっという間なのだ。
「重機が使えたらクルクゴ川の堤防もすぐにできるんでしょうけど」
「業者を丸ごと連れて来ないとダメだよな……」
重機の転移ができれば土木工事は劇的に捗るのは目に見えているわけだが、今のサトルたちには重機を入手するルートもなければ操作する技能も無いので、イトナで重機を使うなら業者に依頼して重機だけでなく人員ごと来て貰わねばならない。
しかし説得はもちろん機材の手配までできたとしても、転移できる物体の大きさの上限も、そもそも転移資格者の基準も不明瞭なので、業者を抱きこんで丸ごと転移という方法は採用できないのだ。
もしそこまでやろうというなら、イトナから適格者を見つけてきて土木の勉強と業者への就職を行い、きちんと技術を身につけ重機諸々を運び込まなければならないだろう。中長期的な計画としては当然選択肢に入るが、短期的には不可能である。
「やっぱり人力かぁ……」
サトルとマナが見たところ、イトナの技術水準はバラツキはあるものの基本的に千年程度昔の日本のものと同水準に見えた。
「だからこそ先人の知恵から学ばなきゃいけないんだよ」
イトナの視察で知った事だが、イトナと周辺国は何百年も昔に世界帝国の版図として開発された過去があり、その遺構も残っていた。
写真や映像に収めておいて簡単に確認してみたが、地球における古代ローマや古代中国などと同等の水準の土木技術があったのは間違いなく、その技術を一部だが研究し継承している集団もいるという。
「そうよね。例えば江戸時代に作られた堤防や用水路なら、今のイトナにも応用できる技術があるかもしれないし」
「明治時代以降に開発された技術の中にもイトナで使えるものがあるかもしれませんから」
そんな次第で、一行は県内各地の堤防や用水路、溜池や水車の史跡、遺構を見学し、写真や映像を撮影していった。
特に重点対象となったのは朝倉の堀川用水である。
サトルたちは小学校の頃から授業で習っていたが、ここは江戸時代に九州最大の河川であり暴れ川として有名な筑後川から水を引いて田畑を潤すために、長年に渡って手を加えられながら、現代でも取水堰は原形をとどめて維持されており、三連水車も半ば観光資源としてではあるにせよ、実用として使われているのだ。
「ここをモデルに途上国の開発も行われているというから、ここは絶対に押さえておかないと」
水車だけでなく取水関や堤防なども写真に収め、また資料の目星をつけておいた。
その次に向ったのは円筒分水。水争いの様子を見て、ここも押さえねばと考えたのだ。
『おお~~』
コンクリート製の円筒から水が湧き出して、周囲に均等に溢れていく。見た目にも美しく癒されるが、ナツキはこれを見て感激さえしていた。
「これが導入できたら分配を巡っての争いはほとんどなくなるでしょうね」
「ええ。オレもそう思います」
サイフォンの原理で高所から水を導いて噴出させる仕組みであり、誰の目にも明らかに均等に分水できるのがこの円筒分水である。材料のコンクリートの技術をどうするのかが問題になるが、それ以外はイトナの技術でも可能である。
「石組みで作れない事はないでしょうから、何とか導入したいところね……」
「古代ローマはローマンコンクリートという機械加工に頼らない材料で巨大建造物を建ててます。だからその材料を詳しく調べたら、イトナでも加工しやすくて頑丈な建材が作れるかもしれません」
そんな会話をしていると、偶然通りかかったご老体が声を掛けてきた。歴史に詳しく、退職後にこういった前近代の史跡を回るのが趣味だというのだが。
「お嬢さんたち、ずいぶん熱心だね?」
「は、はい。途上国でも簡単にこの円筒分水が作れたらいいなって考えていたんですが、コンクリートをどうしようかって」
するとご老体は大きく頷いてヒントを教えてくれた。
「それなら“長七たたき”について調べてみるといいんじゃないかな」
「長七たたき、ですか?」
この“たたき”は“三和土”を差す。これは土間の床に使われた日本古来の素材で、赤土・砂利などに消石灰とにがりの三種類の材料を混ぜて作られることからその名がついたという。
「長七たたきは明治時代にセメントが高価だった時期に考案されたものでね。今ではすっかり見なくなってしまったが、堤防や用水路などで使われて百年経った今でも現役の場所があるほど頑丈なのだよ。カンボジアのアンコール遺跡の一つでも修復に使われたほどだから世界的にも認められているほどなのだよ」
「本当に凄いんですね。でも材料は?」
「ああ。私も細かい配合までは分からないが、真砂土と石灰、そして少々の“にがり”を加えたと言われているね。どうしても詳しいことは専門書を読まないとわからないけれど、材料の真砂土は花崗岩が風化したものだからは地球上ならどこでも簡単に手に入るものだからね」
それを聞いたマナの顔が明るくなった。
「花崗岩はマグマと海があれば大量に作られているはずです。海があるならきっと!」
サトル、ミキ、マナ、ナツキの四人はご老体に頭を下げて礼をした。
『ありがとうございます!』
暇を持て余して用水路で水遊びしていたマドカとドリンを呼び戻して車に戻る一行。カツミは車内で爆睡していた。
「ふわぁ~~あ!おう、遅かったな」
「収穫があったからな」
「お、そいつは良かったじゃねえか」
その後一行は温泉旅館に向う。シーズンオフの平日とあって他の客は少なく、一行は天然温泉にゆったりと浸かって山海の美味を食し、持て余したエネルギーを少し離れたカラオケボックスで歌にして晴らして床に就いたのだった。




