第5話 ② 魔獣の門と悪霊の海賊団
『摂政閣下ご到着~!!』
衛兵が門を開くと中に案内される。出迎えたのはデッキブラシのような剛毛の髭が印象的な筋骨隆々の中年男性だった。
「拙者、この魔獣の門を預るバイフと申す。貴公が新たな摂政か」
「ええ、サトルといいます」
がっしりと握手する両者。バイフの太く大きな指の感触が、彼が歴戦の勇士であることを雄弁に語っていた。
「早速だが、閣下の手並みを見せてはもらえんかな?」
「おじさま!?」
「ナツキよ、閣下が猛者たちを制して姫様の伴侶に決まった事は無論承知しておるよ。だからこそ、この門の者どもにもその手並みを見せて頂きたいのだ」
「分かりました。真剣を用いないのであれば」
サトルの返事を聞いて溜息をつくナツキとマナ。二人はこの国の男たちがとかく力試しを繰り返している事に呆れていたのだ。
「いいよ。こっちじゃ出自が怪しすぎるオレがいきなり摂政になったっていうのに、試合一つでとりあえず納得してくれるっていうんだからさ」
この辺りはイトナ自体がダイキによる建国から二十年にも満たない若い国だから、実力主義になっているということも大きいのだろうが、とにかく試合一つで済むなら楽な事だとサトルは心底思っていた。
「ありがたい!ではドギルムめをここに呼べ!」
バイフに呼ばれて姿を見せたのは彼の部下ドギルム。戦士階級出身らしく体躯が良く、実戦で鍛えられた無駄のない筋肉であることが伺える。
互いに軽量の木製の防具と兜を身につけたところで木剣を受け取る。直剣型だが、日本の木刀と重量・強度共に大差はない。
(これならいつもの稽古通りにやれるな……)
「もう一本、短いのは無いのかな?」
「いえ、同じ物しかありませんが」
「短くしていいかな?」
「は、はあ」
サトルは木剣をもう一本受け取ると、宙に投げて星流れで一閃。中空で見事に両断された木剣は柄のある方が見事に脇差ほどの長さになっていた。
『おお……』
「これでよし」
『木剣を中空で軽々と両断したぞ……』
居合わせた者たちは、感嘆の声を思わず漏らしてしまう。誰もが星流れの鋭利さとサトルの腕の確かさを認めざるを得ないようだった。
サトルは右手に通常のものを、左手に短く切ったものを手に二刀流の構え。対する相手は右手は通常のものを持ち、左手には小型の盾を持っていた。
相手もサトルに対して油断する様子は全くない。何せサトルは姫君の伴侶を決める国際的な試合で、名だたる冒険者のセイガンを、月光の騎士マドカを倒した猛者というのだから当然なのだ。
『始め!!』
しばらくじりじりと間合いを取ってにらみ合う両者。
「!!」
ついに均衡が破れ、双方が一気に間合いを詰める。サトルの剣をドギルムはバックラーで受け止め、ドギルムの剣をサトルは短剣で受けた。
(よし)
鍔迫りからサトルは左手の短剣を手放すと、そのまま相手の腕を掴んで捻りあげる。掴んだ際に経穴を不意を突かれてしまい対処しきれずドギルムは姿勢を崩してしまうと、サトルは彼をそのまま巴投げで投げ落とし、床に叩きつけた。
『おお!!』
瞬時の出来事にどよめく。そしてサトルはドギルムに得意の裸締めを仕掛けて落としてしまったのだった。
「ふぅ」
あっという間に決着が付いてしまったことにどよめく一同。この世界の冒険者や戦士たちは同じ人間相手よりも、体格が遥かに大きな怪物相手に特化した技術の方が発達しており、それだけに対人戦闘の技術が進んでいた現代地球の格闘技にはほとんど有効な対処ができなかったのだ。
(陛下は剛で打ち砕いて来られたが、新摂政は技で巧みに捻じ伏せるか……)
「お見事でありました」
晴れやかな笑顔を浮かべるバイフ。少なくともサトルが金子などで就任した訳ではない事を確認できて満足しているようだった。
「おなじ人間相手だからね」
一方のサトルは少々疲れた様子だった。
その時、一斉に銅鑼の音が鳴り響く。合わせてホイッスルらしい小笛があちこちから鳴り出し、続々と兵士たちが城壁に向っていった。
「ちょうどよい機会ですのでご覧になってください」
城壁に登ると、門の向こうの景色が見える。向こう側は一面の荒野で僅かな草木が見えるほかは赤茶けた地面ばかりが広がっている。その向こうから濛々と土煙が上がり、こちらに迫っていた。
『岩牛の群れが来るぞ!!』
何百はあろうかという犀ほどの大きさの猛獣たちが門を目掛けて押し寄せてくる。
『いいな!届かぬ距離から撃ってはならんぞ!!』
あれほどの猛獣を仕留めるために持ち出されるのは大型の投石器や、背丈ほどある巨大な矢を撃つ弩である。それらは門から離れたところに掘られた空堀に相手が届いてから発射される手筈になっていた。
『堀を越えます!!』
『攻撃開始!!』
激しく打ち鳴らされる銅鑼を合図に、分厚い城壁の各所に配置してあった投石器や弩から巨石や巨大矢が次々と発射される。次々と射抜かれ、あるいは粉砕されていく岩牛たち。だが、門を、城壁を粉砕せんとする強固な意志を強く持っているらしく、仲間がどれだけ斃れても意に介さずに突撃してくるのだった。
「寄り付かせるな!!」
城壁の上から下に向って投石や通常の弓での攻撃も開始される。そのうち城壁に体当たりした岩牛の衝撃で軽く揺れが始まるが、特に兵たちは慌てる様子は無い。
「ご安心下さい。この程度では崩れはしませぬ」
やがて挑んで来る岩牛たちは壊滅し、生き残った僅かが正気を取り戻したのか怖気づいたのか、慌てて引き上げていく。
ほどなく騎乗した斥候たちが周囲を確かめ、他に接近する魔獣が無いのを確認すると、今度は大きな刀剣を持った一団を先頭に、多くの兵たちが門から出撃していくのだった。
「あの岩牛を解体しているのか」
「ええ。あのまま晒して置くと疫病の元にもなりますし、僅かでも稼がねばなりませんからな」
解体して得られた部位のうち、薬として珍重されるものは商人たちに売却され、それ以外は食用にされたり、皮革は加工されたりするのだ。言うまでも無く元は取れないのだが、僅かでも回収するに越した事はないというわけだ。
「どう見ても災害対策費用だから、ここの出費を削減するわけにはいかないな」
「ですね……」
国軍とこの魔獣の門の維持費がイトナの歳出の大半を占めていた訳だが、これでは多少の改善は出来ても大幅削減など不可能である事を、サトルとマナはその目で確認したのであった。




