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第5話 ① 魔獣の門と悪霊の海賊団

「それではこの先は私が案内します」


 翌日から視察の先導はカイではなく姉のナツキが行う事に。彼女は栗毛色のつややかな毛並みの馬に乗り、男性寄りの乗馬服に身を包んでいた。


 昨日の状況を見ての通り、ナツキは事実上の領主代理として日常的な領内の巡回だけでなく国内も回るなどしており、知見は豊富であった。


 こうして大目的である北方の国境へ向けて進む一行。ほどなくこの領地や隣接領での水利権を巡る村同士の紛争と出くわした。


「雁首揃えてにらみ合いか……」


「なんだか面倒なことになってますね」


 双方、大勢の男たちが相手を激しく罵り合っていた。様子を見て大きく溜息をついたナツキは馬を走らせ調停を行う。


「クルクゴ川から分離した小川だけど、水を巡って昔からずっと争いが絶えないの」


 取り決めでは取水量は同じだけとなっていた。だが取水量を正確に測定する事は技術的に困難なので多い少ないを巡って頻繁に揉め事が発生。特に水が必要な時期には互いに投石や武器を持ち出す事態に発展しているというのだ。


「魔物だって跋扈しているのに、人間同士でも争ってるなんて本当に馬鹿げてるわ。でもみんなそれだけ作物の事には必死になるのよ」


「食べものが確保できなきゃ襲われなくても死んじゃうからね。仕方ないよ」


 地球と異なる動植物が住まう異世界であっても生きながらえるには水が必要なのだ。


「水の確保と、きちんと公平に分配する方法を考えないといけないな……」


 水の確保そのものは、この国で行われいる治水工事次第で解決できるかもしれなかったが、分配方法は日本に帰ってから何かしら使える技術を探さないといけないだろう。殺伐とした村人たちを眺めながらサトルはそのことを痛感したのだった。



 それから二日掛けて最大の目的地である北方の国境地帯に到着した一行。


 ここは強力な魔物たちからイトナだけでなく周辺国を守るために建設された魔獣の門と呼ばれる強固な防壁が築かれており、それを守るために国軍の過半数が常駐していたのだ。


「これは凄いな……」


 魔獣の門の手前には、クルクゴ川で建設中の堤防より大きな土塁が二重に作られており、直進で通過できないように意図的に門の配置がずらされていた。


 さらに門の手前は一万人以上の軍勢を常駐させる宿舎が多数建てられており、最大の門の左右には、市場や歓楽街さえ存在していたのだ。


「今更だけど、イトナの総人口って」


「約五十万ってところね」


「それでこれだけの軍を維持してるって事は……」


「もちろん徴兵制よ。一般階級の十六歳以上の男はよほど体が弱くない限り二年間の兵役が義務なの。そして緊急時には三十歳までは緊急招集も認められているわ」


 これはこの城塞を維持するための頭数を確保するのに必要な制度だという。


 ナツキの話では重臣たちは各々の領地を持っているが、彼らも一定数以上の私兵を持つ事は許されておらず、イトナは封建制というより中央集権型に近い体制になっているようだった。


「国軍は国土の防衛が目的だから、あの門の外には滅多に出ないの」


「それはそうでしょうね。否応無く徴兵されて危険な目に遭っているのに、もっと危険な目に遭おうなんて考えないでしょうから」


 マナは冷静に分析していた。


「その通りよ。基本徴兵部隊は城塞の防衛だけが勤めで、外の巡視は職業軍人や高額の傭兵たちが行ってるの。しっかり貰ってないと命は張れないもの」


 しかし門には何箇所か大きな出入り口があり、今も僅かに開けられて、内側から外に向う一団の姿も見えている。


「あれはほとんど冒険者よ。彼らは命を的に一攫千金を狙って、門の向こうに住んでいる強力な魔獣の部位を求めて往来してるわ」


 魔獣の部位は、薬や宝物としてとてつもない高値で取引されているという。そのため危険地帯にも拘らず、道沿いには部位を売買する商店が軒を連ねており、国内外から大勢の商人たちが訪れているというのだ。


 さらに冒険者や行商人たちを泊める為の宿屋や飲食店。その裏に隔離された区画には兵士や冒険者相手の色町も存在してる様子だった。


「なるほど。ある意味で王都より繁盛しているって訳か……」


 門の内側で商売している者からは借地料と年間更新の免状を発行し、軍としても打倒した魔物の部位を売却して収入を得ているが、この城壁や軍の維持費用を賄うには到底足りておらず、イトナの国費の大半をつぎ込まざるを得ないのだという。


「じゃあ司令部に向いましょう」


 こうして周囲を堀と石垣で囲まれた堅牢な施設に一行は向った。



『摂政閣下ご到着~!!』


 衛兵が門を開くと中に案内される。出迎えたのはデッキブラシのような剛毛の髭が印象的な筋骨隆々の中年男性だった。


「拙者、この魔獣の門を預るバイフと申す。貴公が新たな摂政か」


「ええ、サトルといいます」


 がっしりと握手する両者。バイフの太く大きな指の感触が、彼が歴戦の勇士であることを雄弁に語っていた。


「早速だが、閣下の手並みを見せてはもらえんかな?」


「おじさま!?」


「ナツキよ、閣下が猛者たちを制して姫様の伴侶に決まった事は無論承知しておるよ。だからこそ、この門の者どもにもその手並みを見せて頂きたいのだ」


「分かりました。真剣を用いないのであれば」


 サトルの返事を聞いて溜息をつくナツキとマナ。二人はこの国の男たちがとかく力試しを繰り返している事に呆れていたのだ。

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