第4話 ⑧ 視察旅行だよお兄ちゃん
その夜は、カイの館に宿泊。思わぬ事件に巻き込まれたので到着予定が遅れた上に、皆が汗と土そして返り血で汚れてしまったので湯浴みしてからの夕餉となっていた。
なお、サトルの湯浴みを巡ってマドカとドリンが一緒に入ると言い出しての騒動も勃発していたが、描写は割愛しておく。
『本当にお恥ずかしいところばかり見せてしまって申し訳ありません……』
カイとナツキは同時にサトルたちに詫びる。確かに賓客に自分たちの領地の村がゴブリンに襲撃されているところを見られたばかりか撃退の手伝いをさせた上に、お家騒動まで見られてしまったのでは詫びるのも当然ではあるのだが。
「いえ、この国も大変なんだなぁと……」
ゴブリンの討伐そのものは何ら気にすることではなかったが、昨日のマドカに続いてこの日は愛犬のドリンと中学時代の先輩のナツキと再会したのにはさすがに驚かざるを得なかった。
サトルは食前に柑橘類の果汁を水で倍に薄めたジュースを口に含む。ジュースの入れ物は、巨大な獣の牙をくり貫き、外周に見事な細工が施したカップであった。
「それにしてもサトルくんがここに来るなんて……」
「ええ。妹、ミキ姫の魔術でマナちゃんと一緒に召還されてしまいまして……」
「そっか。サトルくんたちは私と違って転生したわけじゃないのね」
最初に出されたのは焼きたてのパンだった。後日詳しい製法を聞いたのだが、この地の小麦に近い穀物を製粉したものを蜂蜜の酵母で醗酵させたものを焼き上げたもので、石釜焼きのパンとほとんど変わらないものだった。
「あ、姉上……。その前世という世界ではサトルさまとは一体どのようなご関係だったのでしょうか?」
姉と違い前世云々とは無縁なカイが、恐る恐る姉に尋ねる。なお前世のナツキには弟はいなかった。
「そうね。分かりやすく言えば、サトルくんと私は婚約した間柄だったのよ」
その返答に思い切り噴出す一同。
「ちょ、ちょっと待ってくださいナツキ先輩!確かに俺から先輩に告白して、OKもらってでしたけど……」
「あら、あの時サトルくんから“好きです、付き合って下さい!”って言われて私はOKしたのよ」
それを聞いたカイは納得して深く頷く。
「男子から好意を告げ、了承を得たと為れば、正しく婚約を結んだも同然。それが例え前世であっても、いえ、姉上が転生されてなお、双方が覚えていたとあれば揺るがぬ運命というもの」
金魚のように口をパクパクさせるサトルとマナ。しかしマドカは余裕の表情を浮かべている。
「だったらナツキさんはサトルくんの“四番目”ですね。これで残る枠は一つかぁ……」
だがナツキはその“四番目”に反応する。
「あらそうかしら。サトルくんと約束したのは私が一番早いのよ。立場上姫様や現在進行形のマナさんはともかく、月光の騎士さまといはいえ昨日ねじ込んだばかりなら、私の方が序列が先になるのではなくて?」
こうしてサトルをそっちのけでマドカとナツキ、そしてサトルとは微妙な関係で自身の気持ちの整理ができていないのに、この世界では交際認定はもちろん婚約者として扱われてしまって困惑しまくっているマナの三つ巴の冷戦が開始されてしまった。
『……』
かくして誰もが料理の感想以外に口が開けない夕餉の席が続く。
メインディッシュは三ヶ月以上木の実だけを食べさせて太らせた水に住む大トカゲの塩釜焼き。木の実だけで太らせたので、野鳥に近い味がして実に美味だったのだが、美味を美味だと言い出すことさえ困難であった。
なおドリンは身分が低い護衛ということで、食事を我慢して部屋の隅で座っている上に、サトルの傍にさえ居られれば良いので加わっていない。
「そ、それでは今夜はお疲れ様でした。明日に備えてごゆっくりお休み下さい……」
食後しばらくの夜空見物を終えると就寝することに。案内されたのはダブルほどの大きさのベッドが鎮座している広めの寝室だったのだが……。
「それじゃあサトルくん、あの時できなかった続きをしましょう」
薄絹のような寝間着姿のナツキがサトルを床に誘っていた。
「ちょっとちょっと!ナツキさんばっかりズルいよ!」
抗議するマドカもポンチョのような寝間着の下は何も着ていなかった。
「いい加減にしてください!」
そんな二人に抗議するマナ。
「ミキちゃん、ミキ姫さまから、今回の視察旅行には同行できないから、お兄さんには誰も手を出させないようにと言われているんです!いくらこちらでお兄さんと婚約したからといっても、姫様の許可が無いお手つきはご法度です!」
「じゃ、じゃあ俺は床で寝るよ。三人はベッドでゆっくりしてくれ……」
するとドリンが大はしゃぎ。
「わーい!久しぶりにサトルさまと一緒に寝られるワン!」
とはいえかつての愛犬は獣っ娘に転生し、人間寄りの性的魅力を多分に放っていた。無防備に迫られたのでは健全な男性の理性が危ういのは彼女たちの目にも明らかであった。
(どうしてこうなった……)
かくしてこの夜からサトルを囲んで四人が一緒に寝ることに。互いに牽制しあいながらの殺気渦巻く中での就寝なので、サトルは悶々としたまま夜間は禄に寝ることができず、移動中の輿で寝る日々が続く事になってしまったのだった。




