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『今川氏真に転生した俺、滅びるはずの今川家を立て直します』  作者: 水原伊織


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第8話 蹴鞠の稽古

 父に言われた通り、俺は蹴鞠の稽古に顔を出した。


 庭にはすでに何人かの家臣が集まっている。


「若殿、お待ちしておりました」


 声をかけてきたのは、年配の家臣だった。


「待たせたか?」


「いえ。ちょうど始めるところです」


 庭の中央には白い鞠が置かれている。


 俺はそれを見て、少しだけ懐かしいような気持ちになった。


 もちろん、俺自身に蹴鞠の経験があるわけではない。


 けれど、この身体には以前の氏真としての記憶が残っている。


 足元へ鞠が来た。


 反射的に足を出す。


 思ったよりもうまく返った。


「おお」


 周囲から声が上がる。


「さすが若殿ですな」


「身体は覚えているものらしい」


 俺は笑った。


 こういうところは、転生してきた人間として少し妙な感覚がする。


 自分では知らないことを、身体の方が知っている。


 しばらく蹴鞠を続けたところで、休憩になった。


 庭の端に座って茶を飲んでいると、先ほどの家臣が隣へ来た。


「若殿」


「何だ?」


「最近、ずいぶん変わられましたな」


「また、その話か」


 最近、似たようなことを言われることが増えていた。


「以前は、このような稽古を楽しみにされておりました」


「今も嫌いではないぞ」


「それは分かっております」


 家臣は笑った。


「ただ、最近は米の帳面を見たり、荷のことを尋ねたりされる」


「そんなに変か?」


「少しばかり」


 そう言われると、確かにそうなのだろう。


 俺自身は、ただ今川家のことを知りたいと思っているだけだった。


 米がどこから来て、どう運ばれているのか。


 それを知れば、先日のようなことが減るかもしれない。


 それだけの話だ。


「若殿は、何かお考えがおありなのですか?」


「まだ分からない」


 俺は正直に答えた。


「だから見ている」


「見ている?」


「何がどうなっているのか。まずは、それを知りたい」


 家臣は少し考えるように黙った。


 そのとき、庭の向こうから別の男が近づいてきた。


「若殿、こちらにおられましたか」


「何か用か?」


「いえ。先日の米の件を聞きまして」


「ああ」


 男は、遠江の荷を扱っている家臣だった。


「実は、あのようなことは珍しくありません」


「米が足りなくなることが?」


「米そのものが足りなくなるわけではありません。荷車が壊れれば積み替えますし、道が悪ければ別の道を使います」


「その記録は残るのか?」


「場合によります」


 俺は少し考えた。


「場合による?」


「荷を受け取った場所では記録します。ただ、途中で積み替えたり、別の場所へ回したりした場合は、すべてが一つにつながっているわけではありません」


 先日の七俵が頭に浮かんだ。


 五俵は別の荷車へ移されていた。


 二俵は水に濡れていた。


 米が消えたわけではなかった。


 記録が追いついていなかっただけだ。


「遠江でも、同じようなことがあるのか?」


「ございます」


「どのくらい?」


「そこまでは分かりません」


 俺は黙った。


 やはり、一度きちんと調べた方がいい。


 ただ、すぐに何かを変えるつもりはなかった。


 俺はまだ、この時代のことを知らない。


 自分の知っているやり方を、そのまま押しつけても上手くいくとは限らない。


「その話、もう少し詳しく聞きたい」


「承知しました」


 男は頭を下げた。


「明日にでも、分かる範囲の記録をまとめてお持ちします」


「頼む」


 そこで、また鞠が飛んできた。


「若殿、もう一度お願いします」


「ああ」


 立ち上がる。


 鞠を受け、足で返す。


 先ほどより少しだけうまくできた。


 蹴鞠の稽古を終えたころには、空が少し赤くなっていた。


 俺は庭を出ながら、今日聞いた話を思い返していた。


 七俵の問題は、七俵だけの話ではないのかもしれない。


 米が動けば、人も動く。


 荷車が動けば、道も必要になる。


 そう考えると、俺が見ようとしているものは思っていたより大きい。


 けれど、焦る必要はない。


 まずは知ることだ。


 明日、遠江の記録を見てみよう。


 それから考えればいい。


 俺はそう決めて、父のいる屋敷へ戻った。


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