第44話 美濃の混乱
永禄三年。
美濃・稲葉山城は、静かに、しかし確実に揺れていた。
斎藤龍興――若干十六歳。
父・義龍の死後、急ぎ家督を継いだが、
国衆をまとめるにはあまりにも若すぎた。
◆
稲葉山城の政庁。
龍興は家臣たちを前にしていたが、
その顔には焦りが滲んでいた。
「今川が尾張を取ったと……本当か?」
家臣の一人が答えた。
「はい。清洲・那古野・津島、すべて今川の支配下に。
織田は壊滅し、信長は討死とのこと」
龍興は息を呑んだ。
「では、美濃は……今川と直接向き合うことになるのか」
「その通りにございます」
政庁の空気が重く沈んだ。
◆
別の家臣が口を開いた。
「龍興様。
美濃の国衆は、今川の動きを見て揺れております。
安藤、三木、長井……
皆、今川に付くか、斎藤家に残るか、迷っております」
「迷っている……?」
「はい。
今川は尾張を平らげた大勢力。
義元様は健在、氏真様は若くして政治の中心。
美濃の国衆は、今川に従えば安定すると考えております」
龍興は拳を握った。
「では、斎藤家は……弱いと言うのか」
家臣たちは答えられなかった。
◆
そのとき、
政庁の扉が勢いよく開いた。
「龍興様! 急ぎの知らせ!」
「何だ!」
「今川氏真様が、美濃へ向けて出陣したとのこと!」
政庁がざわついた。
「氏真が……来るのか?」
「総大将は氏真様だと……!」
「若いが、尾張をまとめた男だぞ……!」
龍興は立ち上がった。
「なぜ氏真が総大将なのだ!
義元ではなく、氏真が来る理由は何だ!」
家臣は答えた。
「氏真様は……人の心を掴む方だと聞きます。
尾張の国衆をまとめたのも氏真様。
北条の姫が三河へ来たのも氏真様の言葉が理由だとか」
龍興は言葉を失った。
「……心で国を動かす男、か」
◆
家臣が続けた。
「龍興様。
美濃は今、まとまりを欠いております。
国衆はそれぞれの思惑で動き、
斎藤家の命令が通らぬ者もおります」
「……分かっている」
「今川が来れば、
その揺れは一気に“崩れ”へと変わります」
龍興は唇を噛んだ。
「では、どうすればよい……?」
家臣たちは顔を見合わせた。
「……龍興様が、強くならねばなりません」
「強く……?」
「はい。
今川に対抗するには、
斎藤家が一枚岩であると示さねばなりません。
しかし今の美濃は――」
家臣は言葉を濁した。
「――一枚岩ではございません」
◆
龍興は政庁の中央で立ち尽くした。
若さ。
経験不足。
国衆の不信。
今川の圧倒的な勢い。
すべてが龍興の肩にのしかかっていた。
「……俺は、どうすればいい……?」
その問いに答えられる者は、
誰もいなかった。
◆
その頃――
氏真は三河を出陣し、
美濃へ向けて進軍を開始していた。
恋と政治。
心と戦。
二つの流れが、美濃で交差しようとしていた。




