第42話 美濃攻めの命
三河の館に、義元が再び訪れた。
今回は視察でも、早川殿への挨拶でもない。
――美濃攻めの最終判断を下すためだ。
◆
政庁の広間。
義元は家臣たちを集め、静かに口を開いた。
「尾張の再編は整った。
次は美濃だ」
家臣たちは緊張した面持ちで頷く。
「斎藤龍興は若年。
国衆はまとまらず、美濃は揺れておる。
今川が動くなら“今”しかない」
義元の声は、戦国の覇者のそれだった。
◆
そのとき、
廊下の奥で氏真と早川殿が並んで歩いている姿が見えた。
距離は近い。
だが、触れない。
戦国ではありえないほど自然で、
しかし確かな親しさがあった。
家臣たちは気まずそうに視線を逸らした。
「若殿は……北条の姫と随分と……」
「義元様、よろしいのでしょうか……?」
義元は手を上げ、家臣を静めた。
「よい。
氏真の心は、国を動かす力になる」
家臣たちは驚いた。
◆
義元は氏真を呼び寄せた。
「氏真。
そなたに命じることがある」
氏真は姿勢を正した。
「はい、父上」
「美濃へ向かえ。
今川の総大将としてだ」
早川殿が息を呑んだ。
「氏真様が……総大将に?」
義元は頷いた。
「そなたは人の心を動かす。
それは戦国で最も強い力だ。
美濃の国衆は揺れておる。
そなたが行けば、必ず心を掴める」
氏真は驚いた。
「俺が……美濃へ……?」
「そうだ。
そなたの“心の理”で、美濃をまとめよ」
◆
氏真は迷った。
早川殿の存在が胸をよぎる。
――このまま三河で過ごしたい。
――もっと話したい。
――もっと近づきたい。
だが、義元は静かに言った。
「氏真。
恋は大事だ。
だが、国を背負う者は、
恋と戦を同時に抱えねばならぬ」
氏真は息を呑んだ。
「……はい」
「そなたの恋は、北条との同盟を強めた。
ならば今度は、そなたの力で美濃を取れ」
義元は地図を指した。
「美濃を取れば、近畿への道が開ける。
天下が見えるぞ、氏真」
◆
早川殿は静かに氏真を見つめた。
「氏真様……」
氏真は彼女の目を見返した。
その瞳は、
不安と、応援と、信頼が混ざった複雑な色をしていた。
「……行ってきます」
氏真は言った。
「必ず、戻ってきます」
早川殿は小さく頷いた。
「はい。
お待ちしております」
◆
義元は満足そうに頷いた。
「よい返事だ。
氏真、そなたの時代が来るぞ」
恋と戦。
二つの流れが、
ついに大きく動き始めた。




