第41話 恋と戦
三河の館に早川殿が滞在して一週間。
氏真と早川殿の距離は、
誰が見ても分かるほど自然に近づいていた。
だが――
その裏で、政治は静かに動いていた。
◆
義元は三河の政庁に家臣を集めた。
「尾張の再編は進んでおるか」
「はい。清洲・那古野・津島の三拠点は安定しております」
「美濃はどうだ」
「斎藤龍興は若年で、国中が揺れております。
今川が尾張を掌握したことで、美濃の国衆が動揺しております」
義元は静かに頷いた。
「美濃は、今川が次に取るべき地だ。
尾張を押さえた以上、
美濃を取れば近畿への道が開ける」
家臣たちは緊張した面持ちで頷いた。
◆
そのとき、
義元はふと廊下の方を見た。
氏真と早川殿が、
庭を歩きながら話している姿が見えた。
距離は近い。
だが、触れない。
戦国ではありえないほど自然で、
しかし確かな親しさがあった。
義元は小さく息を吐いた。
「……氏真は、戦国の常識を壊す男だな」
家臣が困惑したように言った。
「義元様……
若殿と北条の姫の仲が深まるのは、
政治的には……いかがなものかと」
「悪くはない」
義元は即答した。
「北条は関東の覇者だ。
その姫が“自分の意思で”三河に来た。
これは、北条が今川を信じている証だ」
「しかし、縁談は破棄したはずでは……」
「破棄したからこそ、価値がある」
義元は続けた。
「政略ではなく、心で動く縁は強い。
氏康もそれを理解しておる。
北条との同盟は、むしろ強まった」
家臣たちは驚いた。
◆
義元は地図を広げた。
「尾張は押さえた。
次は美濃だ。
だが、美濃を攻めるには、
北条との背後関係が安定している必要がある」
義元は地図から目を離し、
庭の二人を見た。
「氏真と早川殿の関係は、
美濃攻めの“布石”になる」
家臣たちは息を呑んだ。
「恋が……布石に?」
「恋は、時に国を動かす」
義元は静かに言った。
「氏真は人の心を動かす。
それは、戦国では最も強い力だ」
◆
その頃、庭では――
氏真と早川殿が並んで座っていた。
「氏真様。
美濃という国は……どんなところなのですか?」
「山が多くて、
でも川が綺麗で……
俺は好きですよ。
昔、仕事で通ったことがあって」
「お仕事で……?」
「えっと……荷物を運ぶ仕事で」
早川殿は微笑んだ。
「氏真様が好きな国なら、
きっと良いところなのでしょうね」
氏真は少し照れた。
「……そうだといいんですけど」
二人の距離は、
また少し縮まった。
◆
義元は政庁で地図を見つめながら呟いた。
「美濃を取る。
そのために、
氏真の“心の力”を使う」
恋と政治。
二つの流れが、
静かに一つの方向へ向かい始めていた。




