第40話 距離
夕刻。
早川殿は庭で夕焼けを眺めていた。
氏真はそっと近づいた。
「夕焼け、好きなんですか?」
「はい。箱根でもよく見ていました。
でも……三河の夕焼けは、少し違いますね」
「違う?」
「ええ。
なんだか……あたたかい色です」
氏真は少し照れた。
「それは……三河の空が綺麗だからですよ」
「いいえ。
氏真様と話す時間が、あたたかいからです」
氏真の心臓が跳ねた。
◆
早川殿は静かに言った。
「氏真様は……不思議な方ですね」
「不思議、ですか?」
「はい。
戦国の方々は“家のため”“国のため”とおっしゃいます。
でも氏真様は……“人の心”を大事にされる」
氏真は少し目を伏せた。
「……俺は、そういう考え方で育ったんです。
人がどう感じるかとか、
誰が傷つくかとか……
そういうことを大事にするのが当たり前で」
早川殿は目を丸くした。
「当たり前……なのですか?」
「はい。
俺のいた環境では、そうでした」
それは“転生者の価値観”そのものだったが、
氏真はそれを言葉にしなかった。
ただ、自分の感覚として伝えた。
◆
早川殿は一歩だけ近づいた。
「氏真様。
私は……氏真様のそばにいると、
心が楽になります」
氏真は喉が乾いた。
「……俺も、早川殿と話す時間が好きです」
早川殿は少し頬を染めた。
「では……
もう少しだけ、そばにいてもよろしいですか?」
氏真はゆっくり頷いた。
「……はい。
俺も、そうしたいです」
◆
夕焼けの庭で、
二人は並んで座った。
触れない距離。
でも、心は確かに近づいていた。
戦国ではありえない恋が、
静かに形を取り始めていた。




