第34話 信長、最後の突撃
桶狭間の奇襲が失敗した翌日。
尾張の空は晴れ、湿った風が草を揺らしていた。
今川本陣は勝利の余韻に包まれていたが、
氏真の胸には、まだ緊張が残っていた。
――史実では、ここで父上は死んだ。
――だが未来は変わった。
――しかし、まだ終わっていない。
◆
昼前。
尾張南部から急報が届いた。
「信長、再び出陣!
残った手勢を率い、今川本陣へ向かうとのこと!」
氏真は息を呑んだ。
――これは知らない。
――未来にない戦だ。
奇襲が失敗した信長は、
史実では撤退し、清洲へ戻ったはずだ。
だがこの世界線では違う。
信長は、なお戦う道を選んだ。
◆
義元は輿から立ち上がり、
家臣たちを見渡した。
「信長は、まだ戦うか」
その声は静かだったが、
底に鋼のような強さがあった。
「氏真。そなたも来い」
義元は自ら刀を腰に差し、
馬に乗った。
その姿は、
“東海一の弓取り”と呼ばれた武将そのものだった。
◆
尾張南部。
信長の残存兵は、泥と血にまみれながらも突撃してきた。
その姿は、狂気にも似ていた。
「今川を討つ!
義元を討つ!」
叫びながら突撃する信長。
その目は、敗北を認めぬ炎で燃えていた。
氏真はその光景を見て、
胸がざわついた。
――この男は、未来を変える存在だった。
――だが今は、ただの暴走だ。
◆
義元は馬を進め、
信長の前に立った。
「信長。そなたの勇は認める。
だが、ここで終わりだ」
信長は血を拭い、刀を構えた。
「義元……俺は、まだ負けていない!」
義元は静かに刀を抜いた。
「ならば、勝負をしよう」
氏真は息を呑んだ。
――父上は戦巧者だ。
――剣の腕も立つ。
――信長は勝てない。
◆
雨上がりの草原で、
義元と信長は刀を交えた。
義元の剣は重く、正確で、
信長の剣は速く、荒々しかった。
だが――
技量の差は明らかだった。
義元の刀が、信長の刀を弾き飛ばす。
信長は膝をつき、
泥に手をついた。
「……くそ……!」
義元は刀を信長の喉元に向けた。
「信長。そなたは勇ある武将だ。
だが、今川に二度刃向かった」
信長は歯を食いしばった。
「俺は……俺は、天下を……!」
「天下は、そなたのものではない」
義元は刀を引き、家臣に命じた。
「信長を捕らえよ」
◆
信長は縛られ、
今川本陣へ連行された。
氏真は義元の横に立ち、
父の判断を待った。
義元は信長を見下ろし、
静かに言った。
「信長。そなたは二度、わしを殺そうとした。
奇襲を仕掛け、敗れ、なお戦を挑んだ」
信長は黙っていた。
「そなたの勇は認める。
だが、そなたは尾張を乱し、
民を苦しめ、
国を荒らした」
義元の声は静かだったが、
その静けさは“処刑の声”だった。
「今川は上洛を目指す。
その道を乱す者は、生かしておけぬ」
氏真は息を呑んだ。
――父上は、処刑を選ぶ。
◆
義元は家臣に命じた。
「信長を――処刑せよ」
信長は最後まで、
悔しさと怒りの混じった目で義元を睨んでいた。
「義元……今川……
この国は……!」
その言葉は途中で途切れた。
尾張の風が静かに吹き、
信長の最期を運んでいった。
◆
氏真は静かに目を閉じた。
――信長は死んだ。
――未来は完全に変わった。
――織田の台頭は消えた。
義元は刀を収め、
氏真の肩に手を置いた。
「氏真。これで尾張は静まる。
上洛の道が開けた」
氏真は頷いた。
「父上……」
義元は空を見上げた。
「掴みに行こう」
その声は、
天下を目指す者の声だった。




