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『今川氏真に転生した俺、滅びるはずの今川家を立て直します』  作者: 水原伊織


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第3話 俺にできること

 義元との話を終え、自分の部屋に戻った俺は、しばらく何もせず座っていた。


 ようやく一人になれたことで、少しだけ頭が冷えてきた。


 それにしても、とんでもないことになった。


 俺は本当に、今川氏真になっている。


 歴史の教科書に名前が載っていた人物。


 今川義元の嫡男。


 そして、後に今川家最後の当主となる男。


「……改めて考えると、洒落にならないな」


 思わず苦笑する。


 そこで、ふと気づいた。


 そもそも俺は、現代でどんな人間だったのだろう。


 目を閉じると、転生する前の記憶が少しずつ蘇ってきた。


 俺は、ごく普通の会社員だった。


 歴史学者でもなければ、戦国時代の研究者でもない。


 食品を扱う会社で、物流や在庫管理に関わる仕事をしていた。


 倉庫に何がどれだけあるのか。


 いつ、どこへ運ぶのか。


 余っているものは何か。


 逆に、足りなくなりそうなものは何か。


 毎日のように数字を見ながら、そんなことを考えていた。


 派手な仕事ではない。


 営業のように大きな契約を取ってくるわけでもないし、会社の経営方針を決める立場でもない。


 ただ、物が必要な場所に届かなければ、どんなに優秀な人間がいても仕事は回らない。


 そのことだけは、嫌というほど知っていた。


「……そう考えると」


 俺は部屋を見回した。


 今の俺が持っている知識は、歴史についても大したものではない。


 桶狭間で今川義元が討たれる。


 その後、今川家が衰退する。


 武田信玄や徳川家康が関わってくる。


 覚えているのは、その程度だ。


 戦国武将の細かな動きまで覚えているわけではない。


 鉄砲の作り方も知らない。


 城の築き方も知らない。


 軍略だって素人だ。


「じゃあ、俺に何ができる?」


 しばらく考えた。


 そして、一つだけ思いついた。


 俺は、戦国時代で天下を取ろうとしているわけじゃない。


 まずは今川家を滅ぼさなければいい。


 そのためには、強い兵だけが必要なわけではない。


 兵を養う米が必要だ。


 米を運ぶ道が必要だ。


 商人が必要だ。


 金が必要だ。


 人が必要だ。


 そう考えると、俺の前世でやっていた仕事も、まったく役に立たないわけではない。


「まずは、今川家の中身を知らないとな」


 俺は立ち上がった。


 ほどなくして、家臣がいくつかの資料を運んできた。


 領地の記録。


 年貢の記録。


 蔵にある米の量。


 商人との取引。


 各地の村から上がってくる報告。


 俺はそれらを机に並べていった。


「……多いな」


 正直、途方に暮れそうだった。


 現代の会社なら、パソコンに数字を入力して表にまとめれば済む。


 ここでは紙と筆しかない。


 しかも、書かれている数字の意味もすぐには分からない。


 それでも一つずつ目を通していく。


 しばらくして、妙なことに気づいた。


「この村、去年より年貢が減ってる」


 記録を見比べる。


 別の村も減っている。


 さらに別の村も。


「……おかしいな」


 不作という記録はない。


 むしろ前年と比べて、収穫量そのものは大きく落ちていない。


 それなのに、今川家に納められる米が減っている。


 俺は何度も数字を確認した。


 そして、あることに気づいた。


「運ぶ途中で、かなり減ってる?」


 村で取れた米が、そのまま駿府へ届くわけではない。


 いくつもの場所を経由する。


 途中で保管する蔵もある。


 商人が関わる場合もある。


 そこに人手も必要になる。


 当然、そのたびに費用がかかる。


 俺は資料をさらにめくった。


 すると、別の記録が目に入った。


 米の輸送費。


 人足への支払い。


 馬の手配。


 道の補修。


 それらに使われている費用が、思っていた以上に大きい。


「……これ、かなり無駄があるんじゃないか?」


 思わず声が出た。


 現代で物流を見てきた俺には、数字の並びから何となく分かる。


 物が動くたびに、人と金が動いている。


 しかも、同じ場所を何度も往復しているように見える。


 まだ断定はできない。


 記録だけでは分からないことも多い。


 だが、少なくとも一つは分かった。


 今川家は、貧しいわけではない。


 むしろ広い領地を持ち、十分な米も作っている。


 それなのに、その力をうまく使い切れていない。


「……これなら、俺にもできることがあるかもしれない」


 胸の奥に、少しだけ光が差した気がした。


 歴史を変える。


 そう決めたところで、何をすればいいのか分からなかった。


 でも、ようやく最初の手がかりを見つけた。


 戦う前に、国を整える。


 兵を増やす前に、国を豊かにする。


 そして、無駄を減らす。


「まずは、物流からだな」


 俺はそう呟いた。


 そのときだった。


「若殿」


 部屋の外から声がした。


「何だ?」


「義元様より、明日の評定に出るようにとのことです」


「評定?」


「はい。重臣たちも集まります」


 俺は手元の資料に目を落とした。


 どうやら、ゆっくり考えている時間はなさそうだ。


 今川家の中身を知り始めたばかりなのに、明日には重臣たちの前に立つことになる。


「……面白くなってきたな」


 俺は資料をまとめた。


 明日の評定で、何を言うべきなのか。


 まだ答えは出ていない。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 俺はもう、歴史を眺める側ではない。


 これからは、自分自身がその歴史を変えていく側なのだ。


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