第27話 竹千代の眼、三河の風
安祥城の再編が始まって三日目の朝、
雪斎が俺を呼んだ。
「若殿。客人が来ております」
客人――
その言葉の響きに、胸が少しだけ高鳴った。
雪斎は続けた。
「駿府より、竹千代殿が参られました」
その名を聞いた瞬間、
安祥の風が少しだけ柔らかく感じられた。
◆
安祥城の一室で、竹千代は静かに座っていた。
以前会ったときより、背が伸びていた。
顔つきも少し大人びていた。
だが、目だけは変わらない。
あの、すべてを観察するような、
静かで深い眼。
「若殿」
竹千代は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「三河を……守ってくださったのですね」
その言葉は、子どもの礼ではなかった。
家を背負う者の礼だった。
「守ったというより、育てている途中だ」
俺がそう言うと、竹千代は少し笑った。
「若殿らしい言い方です」
◆
城の外に出ると、風が強かった。
昨日まで戦が通った道を、
村人たちが鍬を持って直している。
竹千代はその光景をじっと見ていた。
「……三河の民が、若殿のために動いている」
「俺のためじゃない。三河のためだ」
竹千代は首を振った。
「若殿が動いたから、民が動いたのです」
その言葉は、雪斎が言った言葉と同じだった。
◆
少し歩くと、昨日直した道に出た。
竹千代はしゃがみ込み、土を手に取った。
「柔らかい……でも、踏めば固まる」
「そうだ。荷車が通れば、もっと固くなる」
竹千代は土を握りしめた。
「若殿。道は国の血管です。
道が整えば、国が動く。
国が動けば、民が強くなる」
十一歳とは思えない言葉だった。
「竹千代……三河をどう見ている?」
竹千代は空を見上げた。
「三河は、まだ弱いです。
でも、弱いからこそ、強くなれる」
その言葉は、俺の胸に静かに落ちた。
◆
安祥城の天守跡に登ると、
三河の風が二人の間を通り抜けた。
「若殿」
竹千代が言った。
「三河は、若殿が育てるべき国です」
「……そう思うか?」
「はい。
民が若殿を見ている。
国衆が若殿に従っている。
雪斎様も、義元様も若殿を認めている」
竹千代は続けた。
「そして――僕も、若殿を信じています」
その言葉は、
安祥城が落ちた瞬間よりも重かった。
◆
「竹千代。お前はどうする?」
竹千代は少しだけ考え、
そして迷いなく言った。
「僕は……今川に尽くします。
若殿が三河を育てるなら、僕はその力になります」
その言葉は、
史実の家康とはまったく違う未来を示していた。
雪斎が言った。
「若殿。そなたは三河を動かした」
竹千代は言った。
「若殿。そなたは三河を育てるべきだ」
その二つの言葉が、
三河の風の中で重なった。
◆
夕暮れ、竹千代が駿府へ戻る準備をしていた。
「若殿」
「なんだ」
「三河が強くなったら……また来ます」
その声は、
未来を約束する声だった。
「来い。三河を見せてやる」
竹千代は笑った。
「楽しみにしています」
その笑顔は、
戦国の荒れた風の中で、
ひどくまっすぐだった。




