第22話 民の声と、若殿の責任
小競り合いが終わったあと、道の修繕は一度中断された。
人足たちは疲れた顔をしていたが、誰も不満を言わなかった。
むしろ、俺のほうを見て、何かを確かめるような目をしていた。
「若殿……本当に、戦われるとは」
「十一歳で、馬に乗って前に出るとは思いませんでした」
「今川様は……本当に三河を守るお方だ」
その言葉に、胸が少し熱くなった。
昨日まで、三河の民は誰も頼れなかった。
松平家は弱く、織田は荒らし、今川は遠い。
だが、今日――俺はここにいた。
その事実が、民の心を動かした。
◆
修繕の現場を離れ、村の広場に戻ると、村人たちが集まっていた。
鍬を持ったままの者。
棒を肩に担いだ者。
戦のあとで疲れているはずなのに、誰も帰ろうとしない。
「氏真様」
村の年寄りが前に出た。
「今日のこと……村の者は皆、見ておりました」
俺は静かに頷いた。
「道を直してくださるだけでなく、戦にも立ち向かわれた。十一歳の若殿が、わずかな手勢で前に出られた」
年寄りは深く頭を下げた。
「三河は、今川様に守られております」
その言葉は、重かった。
だが、嬉しかった。
◆
家臣が近づいてきた。
「若殿……このまま修繕を続けるのは危険かもしれませぬ」
「織田がまた来るかもしれない、ということか?」
「はい。今日のような小勢ならよいのですが、もし数が増えれば……」
家臣は言葉を濁した。
俺は少し考えてから答えた。
「修繕は続ける」
「しかし――」
「続けるんだ」
俺は村人たちを見た。
彼らは、俺の言葉を待っていた。
「戦が来るたびに壊れる。それは分かっている。だが、だからといって何もしなければ、三河はずっと壊れたままだ」
家臣は息を飲んだ。
「俺たちは、壊されてもまた作る家になる。昨日も今日も、それを証明した」
村人たちが頷いた。
「氏真様……俺たちも手伝います」
「道を守るのは、俺たちの役目です」
「三河を強くするなら、力を出します」
その声は、昨日よりもずっと強かった。
◆
その日の夕方、駿河へ戻ると、義元が待っていた。
「氏真」
「はい」
「織田の小勢と戦ったと聞いた」
「はい。道の修繕中でした」
義元はしばらく俺を見つめた。
「十一歳の子が前に出るものではない」
「分かっています」
「だが――」
義元は小さく息を吐いた。
「三河の民がそなたに味方したと聞いた」
「はい」
「それは、そなたが三河を見て、三河を育てようとしているからだ」
義元はゆっくり頷いた。
「氏真。そなたはもう、ただの子ではない。民がそなたを見ている。そなたの言葉で動き、そなたの行いで心を決める」
その言葉は、父としてではなく、今川家の当主としての言葉だった。
「責任を背負う覚悟はあるか?」
俺は迷わず答えた。
「あります」
義元は静かに笑った。
「ならば、三河を任せる」
その言葉は、重かった。
だが――嬉しかった。
◆
夜、地図を広げた。
今日戦った場所に、印をつける。
その印は、三河の民が俺を守った場所だ。
戦国の現実は重い。
戦が通れば、道は壊れ、村は荒れ、民は怯える。
だが――
育てれば、民は立ち上がる。
支えれば、民は味方になる。
そのことを、今日また確かめた。
俺は筆を置き、静かに呟いた。
「……三河は、俺が守る」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
だが、確かに胸の奥に刻まれた。




