第七話 世界の真実
逃げて。
星乃の叫びが耳に残っていた。
図書室を飛び出した俺たちは、夕暮れの校舎を走っていた。
廊下の窓から見える空は異様だった。
黒い。
まるで夜ではなく、巨大なインクを流し込んだような黒。
その中央に文字が浮かんでいる。
【排除対象 冬月朔】
何度見ても意味が分からない。
なぜ俺が排除対象なのか。
なぜ世界が俺を敵視しているのか。
「星乃!」
走りながら叫ぶ。
「説明しろ!」
だが星乃は振り返らない。
「今はまだ!」
「もう十分だろ!」
思わず声を荒げた。
世界は終わる。
百二十七回終わった。
俺は忘れている。
星乃だけ覚えている。
そして今度は排除対象。
意味不明にもほどがあった。
旧校舎裏。
誰も来ない中庭。
そこでようやく星乃は立ち止まった。
肩で息をしている。
俺も同じだった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
星乃が口を開いた。
「この世界は本物じゃない」
その一言で。
俺の思考が止まった。
「……は?」
「正確には」
星乃が震える声で続ける。
「本物だった世界を再現した世界」
意味が分からない。
「シミュレーションなの」
「シミュレーション?」
「うん」
彼女は頷く。
「人類が滅ぶ未来を避けるために作られた」
五年前。
人類はある事実を知った。
七年後。
必ず滅亡する。
理由は不明。
原因も不明。
だが未来予測AIは百パーセントの確率でそう結論付けた。
そこで人類は考えた。
未来を変える方法を。
そして完成したのが。
【世界脚本計画】
人類史上最大のシミュレーション。
地球そのものを再現した仮想世界。
その中で無数の可能性を試し続ける。
人類を救う未来が見つかるまで。
「待てよ」
俺は頭を押さえる。
「つまり俺たちは」
「データ」
星乃が言った。
「本物の人間を再現した人格データ」
息が詰まる。
そんな馬鹿な。
俺は生きている。
考えている。
痛みもある。
感情もある。
それなのに。
「全部偽物だって言うのか」
「違う」
星乃は首を振った。
「本物だよ」
涙を浮かべながら。
「少なくとも私はそう思ってる」
その時だった。
頭の奥で何かが弾ける。
記憶。
知らない記憶。
だが。
確かに俺の記憶。
白い部屋。
巨大なモニター。
無数の数字。
その中央にいる少年。
俺だった。
『百二十七回目失敗』
誰かの声。
『世界崩壊を確認』
冷たい機械音。
その時。
俺は叫んでいた。
『もう一回だ!』
必死に。
泣きながら。
『次なら救える!』
「っ!」
現実へ戻る。
膝をつく。
呼吸が苦しい。
「見たの?」
星乃が聞く。
俺は震える声で答える。
「俺がいた」
星乃は静かに目を閉じた。
「冬月」
そして。
彼女は初めて真実を告げる。
「あなたは主人公じゃない」
その言葉に凍り付く。
主人公じゃない?
じゃあ何だ。
「観測者なの」
「観測者?」
「百二十七回の世界を全部見続けた人」
背筋が震える。
だから脚本が見える。
だから未来を知っている。
だから。
普通の人間じゃない。
「本来なら」
星乃が続ける。
「あなたも毎回リセットされる」
「でもされなかった」
「どうして」
その時。
星乃は泣きそうに笑った。
「私が残したから」
沈黙。
風だけが吹いている。
「何を言ってる」
「毎回お願いしてた」
星乃は涙を流しながら言った。
「この人だけは消さないでって」
「覚えていてほしいって」
胸が締め付けられる。
「でも失敗した」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「百二十七回全部」
その瞬間。
空が震えた。
巨大な文字が浮かび上がる。
【観測者覚醒率 82%】
【最終修正開始】
世界が揺れる。
地面が軋む。
校舎が悲鳴を上げる。
「まずい!」
星乃の顔色が変わる。
「何が起きる」
「世界が終わる準備を始めた」
終わる。
また。
百二十八回目も。
その時。
俺の視界に最後の文字が現れる。
【第八話 繰り返された最終話】
【あなたは既に百二十七回、彼女を失っている】
心臓が止まりそうになった。
そして。
星乃は初めて俺の手を握った。
震える手だった。
「今度こそ」
涙を浮かべながら。
「私を忘れないで」
世界終了まで。
残り四日。




