第五話 星乃の秘密
屋上で藤堂拓海を救った翌日。
俺は妙な違和感を覚えていた。
世界は確かに変わった。
脚本に書かれていた未来も。
藤堂の死も回避できた。
なのに。
胸騒ぎが消えない。
まるで何かを見落としているような感覚だった。
学校へ向かう途中。
視界に文字が浮かぶ。
【残り五日】
数字は容赦なく減っていく。
世界の終わりは待ってくれない。
校門の前には星乃がいた。
最近はもう驚かない。
彼女はいつも俺を待っている。
「おはよう」
「……おはよう」
少し照れくさい。
友達と呼べる相手なんて久しぶりだった。
星乃は小さく笑う。
「昨日、眠れた?」
「全然」
「私も」
その返事がおかしくて。
二人で少し笑った。
たったそれだけなのに。
どこか心が軽くなる。
昼休み。
俺たちは中庭のベンチにいた。
初夏の風が吹いている。
星乃はいつものように本を開いていた。
だが今日は読んでいない。
ただページを眺めているだけだった。
「なあ」
俺は切り出す。
「そろそろ教えてくれないか」
星乃の肩が小さく震える。
「何を?」
「全部だよ」
俺は真っ直ぐ彼女を見る。
「どうして俺を知ってる」
「どうして未来が分かる」
「どうしてそんなに悲しそうなんだ」
沈黙。
風だけが吹いていた。
やがて。
星乃はゆっくり口を開く。
「夢を見るの」
小さな声だった。
「毎日?」
「ううん」
首を振る。
「ずっと」
「ずっと?」
「何年も」
意味が分からない。
だが。
彼女の表情は冗談を言っている顔ではなかった。
「同じ夢なの」
星乃は空を見る。
「卒業式」
「卒業式?」
「うん」
静かに頷く。
「何度も見る」
その瞳が揺れる。
「みんな笑ってる」
「先生も」
「友達も」
「私も」
そこで一度言葉が途切れる。
「でも」
声が震えた。
「あなただけいない」
胸がざわついた。
嫌な予感がする。
「その夢を見るたびに思うの」
星乃は続ける。
「何か大事なものを忘れてるって」
そして。
「ある日、思い出した」
俺を見る。
真っ直ぐに。
「冬月朔って名前を」
心臓が大きく脈打つ。
「俺を?」
「うん」
「でも会ったことなんて」
「ある」
即答だった。
俺は言葉を失う。
星乃は少しだけ笑う。
泣きそうな笑顔だった。
「あなたは覚えてないけど」
その一言が重い。
「何なんだよ、それ」
思わず声が強くなる。
「どういう意味なんだ」
「ごめん」
星乃は俯く。
「まだ全部は言えない」
「どうして」
「言うと壊れるから」
意味が分からない。
だが。
彼女自身も苦しそうだった。
その時だった。
突然。
星乃が頭を押さえる。
「っ……」
「おい!」
顔色が真っ青になる。
呼吸も荒い。
「大丈夫か!?」
慌てて肩を支える。
すると。
彼女の口から言葉が漏れた。
「また……」
「また?」
「終わる……」
背筋が凍った。
その瞬間。
俺の視界にも文字が現れる。
【記憶同期開始】
見たことのない文字だった。
さらに。
【ループ記録解放率 12%】
世界がぐらりと揺れた。
気付くと。
知らない光景が見えていた。
卒業式だった。
体育館。
拍手。
笑顔。
そして。
泣いている星乃。
その前には。
俺がいた。
『大丈夫』
知らないはずの俺が言う。
『次も絶対見つけるから』
次も。
その言葉に。
景色が崩れる。
気付けば元の中庭だった。
息が荒い。
今のは何だった。
夢じゃない。
記憶だ。
でも俺には覚えがない。
「見た……?」
星乃が聞く。
俺は頷く。
彼女の瞳から涙が零れた。
「やっと」
その声は震えていた。
「少しだけ戻った」
そして。
彼女は初めて本音を漏らした。
「ずっと怖かった」
小さな声。
「私だけ覚えてるから」
胸が締め付けられる。
彼女は一人だったのだ。
何度も。
何度も。
何度も。
世界が終わるたびに。
その時。
再び文字が浮かぶ。
【記憶解放率 13%】
そして。
最後の一文。
【第六話 脚本の正体】
【世界は既に127回終了しています】
俺は息を呑む。
星乃は悲しそうに微笑んだ。
「やっとそこまで来たんだね」
世界終了まで。
残り五日。




