第三話 退学決定
翌朝。
教室へ入った瞬間、空気の重さを感じた。
誰もが俺を見ている。
だが目が合うと逸らされる。
まるで触れてはいけないものを見るような視線だった。
数週間前までは違った。
友人と馬鹿話をして。
昼休みには購買へ走り。
テスト前になれば皆で愚痴を言い合う。
そんな普通の高校生活だった。
だが今は違う。
事故を予知し。
火災を言い当て。
何度も未来を当て続けた結果。
俺は「気味の悪い奴」になっていた。
「おい」
声をかける。
以前はよく話していた男子だった。
だが彼は肩を震わせる。
「……悪い」
それだけ言って離れていった。
胸が少し痛んだ。
分かっていたことなのに。
やっぱり傷つく。
その時だった。
「冬月」
担任が教室へ入ってくる。
「職員室だ」
クラスの空気がさらに重くなる。
誰も何も言わない。
ただ静かに俺を見るだけだった。
職員室。
そこには教頭と学年主任が待っていた。
予想はしていた。
だが。
実際にその場へ立つと心臓が重い。
「冬月朔」
教頭が書類を手にする。
「処分が正式に決定した」
静かな声だった。
静かなのに。
やけに響く。
「退学だ」
世界が少しだけ遠くなった気がした。
退学。
たった二文字。
それだけで高校生活が終わる。
友人も。
部活も。
進路も。
全部なくなる。
「理由は」
自分でも驚くほど冷静な声だった。
「学内への継続的な混乱行為」
教頭は淡々と言う。
「予言めいた発言を繰り返し、生徒たちへ不安を与えた」
「予言じゃありません」
思わず言い返す。
「実際に起きた」
「偶然だ」
「偶然じゃない!」
声が大きくなる。
「事故も火災も全部当たったじゃないですか!」
沈黙。
だが誰も納得していない。
教頭は深くため息を吐いた。
「冬月」
まるで哀れむような目だった。
「君は少し休むべきだ」
違う。
俺は狂っていない。
おかしいのは世界の方だ。
「世界が終わるんです」
思わず口にしていた。
「あと六日で」
学年主任が顔をしかめる。
教頭は首を振った。
「もういい」
それで終わりだった。
退学届の説明。
事務手続き。
機械的な言葉ばかり。
誰も俺の話を聞かない。
助けたことも。
救った命も。
全部なかったことになっていた。
職員室を出る。
廊下が妙に長く感じた。
窓の外では野球部が練習している。
笑い声も聞こえる。
いつもと変わらない放課後。
なのに。
俺だけが取り残されていた。
ふと窓ガラスを見る。
自分の顔が映っている。
酷い顔だった。
疲れ切っている。
笑えてくる。
世界が終わることを知っている人間が。
退学で落ち込んでいる。
順番が逆だろう。
だが。
やっぱり悔しかった。
助けたかっただけなのに。
教室へ戻る。
荷物をまとめるためだ。
誰も話しかけてこない。
机の中を整理する。
プリント。
ノート。
使いかけのシャーペン。
どれも当たり前の日常の欠片だった。
もう必要なくなる。
その時だった。
「残念だね」
静かな声。
振り返る。
星乃紬だった。
教室にはもう彼女しか残っていない。
夕日が差し込み。
彼女の黒髪が赤く染まっていた。
「何が?」
聞き返す。
「退学」
星乃はそう言った。
「そうだな」
苦笑する。
だが。
彼女は首を振った。
「違う」
「え?」
「世界が終わる前に追い出されること」
息が止まる。
やはり彼女は知っている。
俺の話を信じている。
「……信じるのか」
「うん」
即答だった。
「どうして」
誰も信じないのに。
どうして彼女だけ。
すると。
星乃は少しだけ微笑んだ。
「だって」
その笑顔はどこか懐かしかった。
「あなたは昔からそうだったから」
またその言葉だ。
「昔からって何なんだよ」
思わず聞く。
だが。
星乃は悲しそうに目を伏せる。
「今はまだ言えない」
「どういう意味だ」
「もう少しだけ待って」
答えになっていなかった。
下校時間。
二人で校門へ向かう。
沈黙が続く。
だが不思議と嫌ではなかった。
校門へ着いた時。
星乃が空を見上げた。
つられて俺も見る。
そこには。
あの文字が浮かんでいた。
【残り六日】
数字が減っている。
確実に。
確実に終わりへ向かっている。
その時だった。
視界が揺れる。
新しい文字が浮かぶ。
【運命修正開始】
嫌な予感がした。
そして。
次の一文が現れる。
【次の犠牲者が選定されました】
全身が凍り付く。
「なんだよ……」
思わず呟く。
すると。
隣にいた星乃の顔色が変わった。
血の気が引いている。
まるで。
その文字を知っているかのように。
「星乃?」
呼びかける。
だが彼女は空を見つめたまま。
震える声で呟いた。
「始まっちゃった……」
「何が」
返事はない。
代わりに。
彼女の瞳から一筋の涙が流れた。
「今回は助けたいのに……」
意味が分からない。
だが。
その涙だけは本物だった。
そして俺の視界に。
最後の文字が浮かぶ。
【第四話 世界終了まで六日】
【最初の犠牲者が動き出す】
世界終了まで。
残り六日。




