第十話 最終話を書き換える
世界終了まで、残り四十八時間。
空は完全に黒く染まっていた。
街の灯りは半分以上が消え、通信障害や停電が各地で発生している。
それでも人々は日常を生きていた。
誰も知らない。
自分たちの世界が終わろうとしていることを。
そして朔と星乃は、世界の終わりを止める最後の方法を知ってしまった。
【最終話改変条件】
【管理者 冬月朔の消去】
残酷な文字だった。
百二十七回失敗した理由。
それは単純だった。
世界を救う代償が大きすぎたのだ。
管理者である冬月朔。
世界脚本計画を作り上げた張本人。
その存在を消去することで、シミュレーションは完成する。
つまり。
朔が消えれば世界は救われる。
「駄目だよ」
最初に口を開いたのは星乃だった。
震える声だった。
「絶対に駄目」
朔は苦笑する。
その反応は予想していた。
「でも他に方法がない」
「ある!」
珍しく強い口調だった。
星乃は涙を浮かべながら叫ぶ。
「絶対にある!」
「百二十七回探したんだろ?」
朔は静かに言う。
「見つからなかった」
「だからって!」
「聞け」
星乃の言葉を遮る。
自分でも驚くほど落ち着いていた。
不思議だった。
怖くないわけじゃない。
消えたくない。
もっと生きたい。
もっと話したい。
もっと笑いたい。
それでも。
ようやく分かったのだ。
百二十七回の意味が。
「俺はずっと間違ってた」
空を見上げる。
そこには無数の文字。
無数の世界。
無数の失敗。
「世界を救う方法を探してた」
でも違った。
本当に変えるべきだったのは。
脚本そのものだった。
その瞬間。
朔の視界に新しい文字が現れた。
【管理者権限 完全復元】
世界が揺れる。
空が割れる。
黒い空の向こう側に。
白い世界が見えた。
巨大な書庫。
果てしなく続く本棚。
そこに並ぶ無数の本。
全ての表紙に同じ題名が書かれていた。
『世界』
朔は理解した。
ここが脚本の中心。
全ての未来が保管されている場所。
世界脚本庫。
「行こう」
朔は星乃の手を握った。
次の瞬間。
二人の体は光に包まれた。
そして。
世界が反転した。
気付けば巨大な書庫の中に立っていた。
天井は見えない。
壁も見えない。
無限に続く本棚だけが存在する。
その中央。
一冊だけ。
黒い本が浮いていた。
近付かなくても分かる。
あれだ。
百二十七回世界を終わらせた元凶。
『最終話』
と書かれている。
朔は本へ手を伸ばした。
するとページが勝手に開いた。
【管理者消去】
【世界存続】
【星乃紬生存】
そこには既に結末が書かれていた。
朔は静かに笑う。
「ふざけるな」
誰に向けた言葉だったのか。
自分でも分からない。
ただ。
怒りだけはあった。
運命に。
脚本に。
そして。
何より諦め続けてきた自分に。
「朔……」
星乃が不安そうに見上げる。
朔は振り返った。
そして笑った。
「俺たちは何回失敗した?」
「百二十七回」
「じゃあ百二十八回目は?」
星乃は答えられない。
朔はゆっくりと言った。
「誰も書いたことがない結末にする」
その瞬間だった。
管理者権限が起動する。
光が溢れる。
ページの文字が浮き上がる。
朔は指先で文章に触れた。
すると。
文字が消えた。
【管理者消去】
その一文が。
完全に。
世界から消滅する。
直後。
世界全体が悲鳴を上げた。
巨大な警告音。
【エラー】
【エラー】
【脚本改変を確認】
【許可されていません】
無数の赤い文字。
だが朔は止まらない。
さらにページへ手を伸ばく。
そして。
新しい一文を書き込んだ。
【管理者生存】
【星乃紬生存】
【世界存続】
静寂。
世界が止まる。
あり得ない。
本来なら成立しない文章。
百二十七回誰も辿り着けなかった結末。
だが。
その瞬間だった。
世界が光に包まれた。
警告が消える。
赤い文字も消える。
代わりに現れたのは。
【新しい最終話を確認】
【承認します】
朔は息を呑んだ。
星乃も同じだった。
「嘘……」
彼女が呟く。
震える声だった。
すると最後のページがゆっくり開く。
そこには何も書かれていなかった。
真っ白だった。
そして。
一本のペンが現れる。
まるで世界そのものが言っているようだった。
――続きは、自分たちで書け。
朔は笑った。
星乃を見る。
星乃も泣きながら笑っている。
二人は同時にペンを握った。
百二十七回終わった世界。
百二十七回届かなかった未来。
その全てを越えて。
今。
百二十八回目の物語が始まる。
【最終話改変完了】
【第十一話 エピローグ】
【世界終了まで――表示不能】




