第九話 君は知るであろう
「…先代」
惨劇から、一晩明けた朝。残骸の上で目を覚ましたわたしは、先代に問いかけた。
この声を聞いてくれる人間は、もういない。
今さら、脳内で喋る必要もない。
「何だい?」
「…知っていたのか?こうなることを」
一瞬の間。しかしわたしには、途方もなく長く感じられた。
「…まさか。勘だよ」
わたしは嘲笑う。
「そうか、勘か。あれが起きる前にわたしを散歩に誘って、何が起こっているかも分からないでわたしに隠れろと言った、あれが、勘か」
先代は決まり悪そうに息を吐いた。
「…うーん、まぁね。…知りたいなら、あの村を破壊した存在について、教えてあげなくもない」
わたしは、未だ無気力な状態のまま身を起こした。
屍人の臭いが鼻をつく。死体を焼いたほうがいいかもしれない。
そのまま、空を見上げる。空は、昨日のことなど我関せずとばかりに青く澄んでいた。
「話せ」
たった一言。しかしその言葉に込められた「本気」は、先代に伝わっただろうか。
「うーん…まぁ、いいか。そうだね、話すとしたら…」
わたし以外誰もいない、かつて村だった焼け野原。
烏が屍人をついばむのをぼんやりと眺めていると、先代は意を決したように話始めた。
―ウロボロスって、知ってる?
―…まぁ、聞いたことはある。昔、どこかの本で読んだかな
―どこまで知っているんだい?
―この世界に常に四人存在していること、『ウロボロス』そのものは概念として宿りびとに宿っているということ。そのくらいだ。
―そっか。宿りびとは完全にランダム…規則性なしに選ばれる、ってことは知ってる?
―いや、知らん。
―安心したよ。…宿りびとっていうのは、つまり。ウロボロスの特性を最大限生かすための機構なんだ。常に四人いる、という約束がある以上、どこかで宿りびとが息絶えた場合その瞬間生まれた子どもに『ウロボロス』は宿る。つまり、循環…といったところだね。
―ほう。それと今回の惨状、一体何の関係がある?
―直接的な関係かどうかは怪しいけど…
―なんだ。
―いや。君の村を滅ぼしたのは、『ウロボロス』だ。
唐突に明らかにされた、正体。な、なんだ?村を破壊した存在が…その、ウロボロス、だと?
―どういうことだ。わけが分からん。説明しろ。
―だからそうしようとしてるんだって。四人のウロボロスは、それぞれ別の何かを司っているんだ。その『何か』というのは、人間の負の感情。あるいは、それたらしめる地位。
―…で?つまりなんだ?負の感情と、負の感情につながる地位を司っているのがウロボロスということはわかった。わたしは先ほどから、そのウロボロスについての説明を求めている。
―わかった。あまり引き延ばすのもアレだし、端的に言うよ。君の村を蹂躙し、村民をほぼ皆殺しにした存在。それは、『破壊』のウロボロスだ。
―…『破壊』。
―そうさ。この世界に現在存在しているウロボロス、合計四人。『破壊』のウロボロス、『創造』のウロボロス、『権能』のウロボロス、そして『力』のウロボロス。
―頭がこんがらがるな。
―まだまだこんなもんじゃない。とっときの情報、聞くかい?
―…もったいぶらずにさっさと話せ。
―はいはい。…君も、ウロボロスだよ。
時間が、止まった気がした。
―は?
―君は、ウロボロス。司っているのは、『力』。そして、君は不思議に思わなかった?なんで君が生まれた瞬間から、俺が君の頭の中にいたのか。
―不思議には思っていた。しかし、理由を聞いても貴様は答えなかった。
―…ああ、まあ、そうだったね。…俺が、君の一世代前の『力』のウロボロスだからだよ。さしずめ、『先代』といったところかな。
―なるほど。だから貴様は、自分のことを『先代』と呼称することを強いたのか。…ところで、なんだが。先ほどから貴様の声が変な感じに聞こえるのはなぜだ?
―ああ。これはね。ウロボロスの脳内には、『ウロボロスしか存在し得ない』特別な空間があるんだよ。今、そこに接続しているから変に聞こえるのかもね。
―気持ち悪いな。戻してくれ。
「はいはい」
ようやく、脳内の気持ち悪さが抜けた。
いや、こいつのことは相変わらず気持ち悪いが。
「…で、どうだい?受け入れられそうかい?」
それは恐らく、わたしが故郷を失ったことにではない。その、『力』のウロボロスという名を継承することを受け入れられるか、ということについてだろう。
受け入れてくれるか、じゃなくて、受け入れられるか。
わたしはもう、既に選択の域にはいないようだった。
「…わたしがウロボロスだということは、その『破壊』のウロボロスと同類…ということか?」
「それを決めるのは俺じゃない。君自身だ」
…確かに。同類になるかどうかは…これからのわたしの行いで決まる。ないとは思うが―もしわたしが虐殺の道へと寄るとしたら、それは同類になるということであろう。
ちっ。こんな若造に説教されるとは。不愉快だ。
「…ということは。わたしが前世で死に、そしてそのまま無となることは既定路線だった…しかし、その直前に貴様がこの世界で死んだことによって、急遽生まれてくる予定のなかったわたしが『力』のウロボロスとして転生させられることになった…ということか」
「まぁ、そうだね。飲み込みが早くて助かったよ」
そりゃあ、まぁ。これでも一応一世紀以上生きているのだ。
「家族のことは…堪えてないのかい?」
堪えているさ。これが前世だったら、恐らくわたしは耐えられなかったろう。しかし、わたしはこれまでたくさん見たぞ。これより残酷な光景を、幾度となく。
…だからといって、平気だとも言えない。父と母、そしてファレリア。ファレリアの死体は発見できなかったが、恐らく死んでいるとみて間違いないだろう。
あの地獄のなかを生き延びていたら、それこそ奇跡に値する。
生存は、絶望的だろう。
「…まぁいいさ。これは助言というか忠告だけど…」
先代は、そこで一呼吸置くと、言った。
「君が来週入学する学校?っていうのは、どうやらウロボロスの宿りびとを探して抹殺することを第一目標にしてるらしい。気をつけることだね」
「…は?どういう…」
「いいかい?ウロボロスは、この世界では『忌むべき存在』なんだ。それは、太古、邪悪なウロボロスが人類の大半を絶滅させたことに由来する。その日をきっかけに、人類はウロボロスの宿りびとを血眼で探し出すようになった」
思考が停止した。なるほど、つまりわたしは敵の本拠地に堂々と入り込んで勉学に励むといい、そういうことか。バレたら即死刑、ってことだろう。
「それは…危険じゃないか?」
「大丈夫。俺が死なせないよ。なんてったって、俺は君の『導き手』だからねぇ…」
依然、その言葉は信用できなかったが、とりあえず言葉としては受け取っておいた。
今はそのことよりも、先日感じた力について、気になった。
「…貴様、あのときの一部始終、見ていただろう?」
先代は、事もなげに答えた。
「あー、うん。見てたけど」
「あの、昨夜わたしが叫んだときに…何かを感じたのだ。力の奔流のような、何かを。それはウロボロスなのか?それとも、昔本で知った『スキル』なのか?」
あー、と先代は唸った。
「昨日のは『スキル』だね。スキルは千差万別だけど、君の場合は単なる身体強化に留まったようだ。でもまぁ、スキルであることには変わりないしね」
…ふむ。そうか。
「…嬉しくなさそうだね?」
「家族を皆殺しにされた翌日に喜び舞い上がるほど、わたしは狂っとらん」
「ふーん…」
わたしは、拳を握りしめた。
「…一つ、聞くが」
「なんだい?」
「『破壊』のウロボロスは、どこにいる?」
「…それを聞いてどうするかだけ、聞いてもいいかな?」
「別に。ただ、けじめを付けさせるだけだ」
「復讐かい?言っちゃあ悪いけど、君は今世のことには何ら興味はないと思ってたよ」
わたしは鼻を鳴らした。
「復讐。随分壮大な物言いだな。そうか、復讐か…」
知らぬ間に、乾いた笑いが漏れる。
「お勧めはしないけどね」
わたしの笑いが止まる。
「言っとくけど。いくら『力』のウロボロスだからって、相手は『破壊』だ。ヤツは、強すぎるよ。多分、今の人類、魔族含めてヤツにタイマンで勝てる者は、いないだろうね」
「じゃあ、どうすればよいのだ。わたしは…」
「強くなるしかないじゃないか。君だって分かってるだろう?技術的、才能的に勝てない相手は必ず存在する。そういうヤツらとタメを張るためには、強くなるしかないんだって」
わたしだって、分かっている。分かっているからこそ、今この瞬間の決断は限りなく重い。
長らく抱いて、確かにあの時手にしていた平穏と幸福を手に入れるために、それらとは真逆の道に己を堕とす。
「君は運がいいよ。なにせ、君がこれから行くところには…聖騎士学園には、世界中の天才が集まるからね。きっと、君よりも強い人間なんてたくさんいる」
先代は続ける。言い聞かせるように、説得させるように。
「『破壊』を破壊したいなら、行くといい。だけど、修羅の道になることは間違いないよ。それほどなんだ、平和を手に入れるために必要な代償はね」
「古今東西、血と争い無くして手に入れた平和は長続きしない…か」
それは、どこかで聞いた言葉。国民学校だったか、はたまた世のプロパガンダか。
わたしは、太陽の光に晒される瓦礫をぼーっと眺めていた。そうだ、屍人を焼かなければならないのだった。
わたしはよっこらせと立ち上がると、先代に告げた。
「ああ。わたしは聖騎士学園に入学する。そして…力を手に入れて、いつか必ず『破壊』のウロボロスをぶち殺す」




