第七話 張りぼて
「学校?」
わたしは頓狂な声をあげた。父が頷いて続ける。
「そうだ。アッシュ、お前は学校にいけるんだ」
そんな話がされたのは、わたしが十二歳になったすぐの時だった。
どうやら、明確に定義づけられている「学校」は、この世界には一つしかないらしい。
それは、わたしたちが現在住んでいる村からすこし離れたところにある、王都にあるらしい。
『聖騎士学園』。人類側の強力な武力である「聖騎士」を育てるための学園。五年制であり、通常の勉学の内容以上に剣術や護身術を学ぶところだそうだ。
王都に生まれた子どもなら誰でも通うことができるらしいのだが、我々王都から離れた位置にある村の子どもとなると話は別だそうだ。
学校側は元来、王都以外からやってくる子どもを生徒の計算にいれていない。その差別的な考えを国の上層部ともめた結果、今の制度ができたらしい。
ではその制度とはなにか?いや、そもそも。
「…なぜわたしは学校に行けるんだ?」
父は一枚の羊皮紙を取り出した。
「王都以外の子どもにも教育を、ということでな。今は村ごとに一人だけ、抽選で学園へ入れる制度があるんだ」
なるほどな。
つまるところ、わたしがその当選者ということか。
しかし――。
「学校か…」
思わず呟く。前世でも、学校というものには少なからず縁があった。
国民学校。
軍学校。
そして軍隊。
日本国民として生きるならば、教育は今時代においてかなり義務化されているのだから当然といえば当然だろうが。
学ぶこと自体は嫌いではない。むしろ好きな部類だろう。よく本を読むことも、それはわたしが知識を欲しているからだ。これは勉学に通ずるものがあるといえる。
だが、学校という場所は得てして面倒事も連れてくる。
人間関係。派閥。競争、あるいは身分。
わたしが思うに、学校とは知識を手にするための機関であると同時に、子どものもつ無邪気な残虐性や集団心理など、そういうのに蓋をして抑圧する機関である気がする。
若者というのは、どうしてああも争いたがるのか。
…それを若者と分類してる時点で、わたしも同じ穴のムジナか。
「なんだ、嬉しくないのか?」
父が不思議そうに訊ねる。
「いや、そういうわけではない」
そういうわけではないのだ。ただ、不安がある。先日先代に言われた言葉のその真意も分からない。クリエトと握手をしたときに感じたあの感覚の理由も不明。
分からないことだらけだ。
わたしは、今改めて自分がこの世界における「余所者」であることを知った。
それは、途方もなく寂しいものであった。
「そうだ、学校に行けるとなればすごい名誉なことだぞ。どうだ、今夜あたり祝いといこうじゃないか」
父の発言に、わたしは笑顔を浮かべて頷く。
「そうだな。入学はいつごろになるんだ?」
父は指折り数える仕草をしたあと、言った。
「大体一週間後くらいには、もう学校に入れると思うぞ。」
一週間。短いな。となると、来週の今ごろにはすでにわたしはまったく新しい環境へと身を投じていることになる。
だが、まあ。楽しみではある。
「そうなんだ。ありがとう、学校に行けるなんてうれしいよ」
一応、感謝の意を示しておく。感謝をしていることは事実だが、まだ一つ知りたい問題がある。
「あの…となると、通学はどうなるんだ?この村から通うのか、それともどこか下宿でもあるのか」
ここから王都は、かなりの距離があったはずだが。
「ここから充分通えるはずさ。なんなら、俺が送ってってやってもいい」
なるほど、通学面も問題なし、と。
拒む理由は、もうない。
「わかった。行くよ、学校。わたしは立派な聖騎士になってみせる」
後半は嘘だ。正直、聖騎士なるものが一体全体何を生業としているのかはなはだ不明なところがあるのでな。
父は喜び、わたしを抱きしめた。反射的に身をこわばらせる。今この瞬間もきっとこの男の脇腹に拳をねじ込めば意識くらい刈り取れるだろうな、と考えながら抱かれるままにする。
しばらくしてから、父は思い出したように言った。
「そうだ、祝いだったな。夜にするから、それまで好きなことをしてもらって構わんぞ」
わたしは外に出た。いつも通りの陽気が心地よい。外に出たといっても特段することはないため、とりあえず隣の家の扉を叩く。
ギイィ、と扉が開き、いつも通りの青白い顔をしたクリエトが出てくる。
「あ…アッシュ。どうかしたの?」
「いや、別に。暇かと思ったが、忙しいか」
クリエトは首を横に振った。
「…今、ファレリアちゃん来てるけど、うち入る?」
ファレリア。いや、行きたくないと即答しようとしたが、思えばわたしが学校に行くとなるとこの二人と会う時間は格段に少なくなる。
ならば、付き合ってやろう。
「ああ。邪魔するぞ」
家に上がると、そこにはファレリアがいた。いや、まあいることは知っていたが。
…そうだ、学校に行くという話をせねばならんか。
…いやしかし、それをこの子たちが快く受け取ってくれるかどうかはまた別の問題だ。だが、言わずに学校に行くとなると、バレた時が後々面倒くさいことになること間違いなしだろう。
「あれー、アッシュ!来たんだ!」
ファレリアは床にあぐらをかいていた。もう少し女の子らしい格好をしろ、と苦言を呈しそうになるところをぐっとこらえる。昨今、こういった物言いが世間の反感を招くことを、わたしとて重々承知している。
「…まぁな」
図らずとも、三人全員が一堂に会することとなったクロバーナ家には、クリエト以外の人間はいなかった。
彼の両親は商人だ。きっと外で物を売っているのだろう。ご苦労なことだ。
「…あの」
唐突に、クリエトが口を開いた。彼から話題を振るのは、相当珍しいことであった。
「すごく言いにくいんだけどさ…怒らないで聞いてくれる?」
いつにも増して慎重な物言いに、わたしとファレリアに緊張が走る。
「僕んち…また、引っ越しすることになっちゃった」
…なるほど、そう来たか。
彼は話を続ける。
「…どうやら、思ったよりこの地域での収入がよくなかったらしくて。今週末には、もう引っ越ししちゃうことになっちゃった。…ごめん」
わたしはすかさず言う。
「謝ることではない。商人は変動の激しい職業だ。…達者でやるといい」
わたしがそう割り切れたのは、前世のうちに何人もの人間と今生の別れを経験していたからだ。
…当然、ファレリアは納得できなかったらしい。
「え、待って待って待ってよ。もう会えないの?もう、アッシュと私とクリエト、みたいなのできないの?」
クリエトは、申し訳なさそうに首肯する。
…わたしも、言うなら今だろうか。
「…タイミングがわからんから、わたしも一ついいか?」
クリエトとファレリアが同時にわたしを見る。とくにファレリアの目は、もうすでに赤く潤んでいた。
「…厳正なる抽選の結果、わたしはどうやら来週から王都にある聖騎士学園に行くことができるそうだ。…何も言わず学園に行くのもあれだと思ったので、一応報告することにした」
クリエトが、感慨深そうにため息をついた。
「…三人バラバラ、かぁ…」
ファレリアが、今度こそ泣きながらわたしの肩を両手で揺さぶる。
「えっ!?じゃあ私これから一人なの!?もう、クリエトとかアッシュと一緒にいられないの…??」
わたしは慌てて補足する。
「あ、ああ、そうだそうだ。通学するのはここからだから、わたしがこの村から消えるというわけではない。断じて。…会う機会は減るだろうが」
その言葉は、果たしてファレリアの慰めになっただろうか。
ファレリアは、ぐすぐすと鼻を鳴らしていたが、しばらくするとクリエトに目を向けた。
「…クリエト、もう会えないの?」
その率直で純粋な疑問に、クリエトは首を傾けた。
「…うん。各地を転々としているから、多分もうここに来ることはない、と思う。でも、もしかしたらどこかで会えるかもしれないよ」
ファレリアは、今度はわたしに目を向けた。
「…もう、お昼とか朝に会えないの?」
わたしは、迷いなく頷いた。重要な決断の時に、迷いは最悪の足枷となることを知っているからだ。
「ああ。恐らく帰るのは夜になるだろうから、ファレリアに会えるのは主に休日になりそうだ」
二人の答えを聞いたファレリアは、なおもぐすぐすしていたが、やがて立ち直ったように前を向いた。
…いや、立ち直ってはいないだろうか。一時的にでも自分を納得させた、と言ったほうが正しいかもしれん。
「…うん。わかったよ、二人とも。学校頑張ってね、アッシュ。怪我しないでね、クリエト」
たぶん、いまのファレリアにとって精一杯の激励の言葉。わたしの胸が熱くなった。
「…そうだ。今日の夜、わたしの家でちょっとしたパーティー的なものをしようと思うのだが、どうだ。来ないか?」
ファレリアは、目をこすりながら頷いた。
クリエトは、遠慮がちに頷いた。
「…うん。うちもまだ時間には余裕があるから、問題ないと思うよ」
決まり。わたしは二人を伴って、わが家へと誘った。
家に入ると、父と母が並んで料理をしていた。
「母さん、父さん。今日のお祝いだけど、その…ファレリアとクリエトも一緒にしたいな」
何か言われる前に、わたしは先手を打つ。
「クリエトの家が、今週末には引っ越しちゃうらしいんだ。クリエトの送別会も兼ねて。だめ?」
母は、納得したように笑って頷いた。
「もちろん、いいわよ」
父は、鷹揚に頷いた。そして感嘆したように、一言。
「友達思いだな」
夜、食卓は賑やかだった。先日の賑やかさとは比にならないほどの、明るさ。お互いがこう食卓を囲むのが最後だと分かっているからこそのそれだった。
「さぁ、いっぱい食べてね〜!」
母が次々と皿をテーブルに運ぶ。それを見る見るうちにたいらげていく戦闘狂が約一名。
「うん、…うん!」
ファレリアは、食べながら泣き笑いのような表情を浮かべていた。
クリエトは、相変わらず黙々と食べている。しかし頷いているところを見るに、美味いのだろう。
父がファレリアに問う。
「寂しくないかい?」
ファレリアは、すこし迷ったようにすると、首を振った。
「…寂しい。だってアッシュにもクリエトにも会えなくなるもん」
…いや、別にわたしの場合は会えなくなるわけではないんだが。
思えば、わたしもクリエトも、離ればなれになるとはいえそれぞれの新たな道を歩むことになる。
しかしファレリアは、ずっとここにいたままだ。
同年代の子もいない。
この村に残るのは、ファレリアだけだ。それが良いことなのか悪いことなのか、今のわたしには分からない。
わたしは、ふと感じた嫌な思いを払拭するかのように、スープをかきこんだ。
最後に全員で囲んだ食卓。
それがどうにせよ、それぞれの幸せな未来への暗示だと信じていた。




