第十三話 さぁ、始めようか
「おら、兄ちゃん!頼まれてたもん、出来たきに!持ってけ!」
翌日、わたしは再び武器屋に立ち寄った。店にはいるとすでに爺さんは待ち構えていて、わたしに黒い短刀と長銃を押しつけた。
鈍色に光る長銃は、細かい彫刻もついていてとても荘厳な印象を与えさせる。それと真逆に、短刀からは黒く禍々しいオーラのようなものを感じる。制作過程で、魔力を込めすぎたために黒く変容した刀。
わたしの目には、それが酷く運命的に美しくみえたのだ。
「ほんでな兄ちゃん。わーしが付けたカスタムっちゅーのは、その銃と刀の取り付けや。剣の柄と銃管に、接合部があるやろ?ほれ、付けてみぃや」
促されるままに、黒刀を銃に近づける。
ガシャン。
何かと何かががちっと嵌まる音が響く。わたしの両手に収まっていたのは、この世界においてまったく異質な武器。
銃剣。
「…素晴らしい」
わたしの賛辞の言葉に、爺さんはにんまりと笑った。
「そうやろ?ささ、取り外してみぃ。まだあんのよ、カスタム機能!」
また言われるがまま、わたしは銃剣を二つに分離させる。
「その刀に、魔力を流し込んでみ。わーしの一番おすすめの機能や。ほら、はやく!」
…い、いや。言うのはなんだが、わたしは魔力の操作が圧倒的に下手なものでな…
たじろぐわたしを見て、爺さんは鼻を鳴らした。
「なんじゃあ、兄ちゃん大口叩きなクセに、魔力の扱い下手糞なんかぃな!貸せや、やっちゃるきに」
爺さんの骨張った手に刀が握られる。
爺さんが真剣な様子で目を閉じる。
すると、目の前で信じがたいことが起こった。
刀が伸びたのだ。まるでそれは、古くに聞いた如意棒のごとく。短刀であったはずの黒き刀は、みるみるうちに従来の日本刀サイズへと変化した。
「その銃と剣を組み合わしたやつは、近距離には強いども中距離では大してや。だから、これを使いぃ。中距離戦に慣れないうちは、この長さで戦うことを強く勧めるわ!」
わたしの手に刀が返される。それはまたみるみるうちに縮み、少しすればまた短刀に戻っていた。
「ええか兄ちゃん、よく聞きぃ。その刀の名は、『冥』。そしてこの銃の名は、『ウルフヴォロフ=ガン』や。大切に扱えや、壊したら眉間ぶち抜いたるけんな?」
黒刀と銀銃が、呼応するようにギラリと煌めいた。
そして、そのまま小さい皮の袋が渡された。
「ちゃんと、これに刀は納めて歩きぃや。銃は背負っといてもいいども、刀は見せんこっちゃな」
その助言に素直に従い、刀を袋に収める。ずっしりとした感覚を手に感じながら、それを腰へと掛ける。
「ありがとう。わたしはこれで強くなる」
爺さんはけっ、と横を向いてぼそりと呟いた。
「いいもん持たしたんじゃ、半端に死んだら承知せんけんな…」
わたしはそのまま店を出た。がちゃりがちゃりと鳴る銀銃の感覚が心地よい。
さぁ、ヴァンの兄者との決闘まであと少し。
あとわたしに出来ることは、魔力の扱い方だけ。
「…滾るな」
心のなかに燃える情熱は、老いてからはてと失ったもの。わたしはこの熱い感情を、若さと呼ぶ。
わたしは、自分の口が自然と弧を描いていることに気づく。はっとし、口元に手をやる。通行人から怪訝な目で見られるが仕方がない、わたしとて気づかなかったのだ。
どうしようもなく楽しみである。光の速さで勝負する、というおよそ前世でも経験のなかったこと。
そうだ。わたしは今、ゾクゾクしている。
ちょうど、あの感覚に酷似していた。
戦場。土煙に塗れながら、血しぶきを浴び突き進んでいたあの頃。銃剣で闇雲に敵をなぎ倒し、銃弾が頬を掠め、滴る血液を舌で舐め取っていたわたしの青春の、あの頃。
ちょうどその時、わたしはこれと似た感覚を受容していた。
ああ、なんて、なんて…
なんて、美しく愉しいのだろうか。戦闘が待っている、わたしが焦がれた戦闘が、今か今かと待っている!
…ふぅ、少し落ち着くとしよう。時間はまだある、わたしにできることも、まだある。
そこからの日々は、あっという間に過ぎた。
学園生活が多忙だったのもあるが、その理由の多くは、もうすぐ行われる決闘を心待ちにしていたからに違いない。
相手の名前は、ドラグレッド・レムルズベル。
どうやら有名な男であるらしく、今年学園に入学する前から相当な才能をもつ実力者としてその名を轟かせていたようだ。そのスキルは学園の生徒ならば誰でも知ってる(わたしはヴァンに教えてもらうまで知らなかったが)、『光撃刃』。自他ともに認める学園最強であり、最も早く聖騎士として認定される人間だろうと噂されている…と、前情報はこんなものだった。
聞けば聞くほど、あちらには名声が味方しているのだなと思う。それにどうこう言うつもりはないが、少し面白くない気がしなくもない。
さて、待ち望んだ決闘を前に、わたしはようやく基礎的な魔力の移動方法を身につけることができた。
ようやっと、短刀を長刀と化すこともできるのである。
やるべきことはすべてやった。刀は研ぎ、銃は磨き、魔力もバッチリ。
…そういえば、なぜこの世界は銃という強力な武器を手に入れているのに主流な武器が剣なのか、と気になったことがある。
ヴァン・レムルズベルに聞いてみたところ、「剣でざっくり斬られたら相手は成す術もなく息絶えるけど、銃で撃たれただけじゃ回復魔法が間に合うから」と言っていた。
なるほど、回復魔法。それがあった。
あいにくわたしは回復魔法とやらを使えるほど魔力の熟練度は高くない。しかし相手がこうも持て囃されている以上、回復魔法を習得している可能性は高いだろう。
つまり、わたしはドラグレッド・レムルズベルよりも傷を負えない、という縛りの下に戦わなければならない。
最高に面白いじゃないか。
決戦当日、朝。
指定された時刻に、ヴァン曰く「学園のド真ん中」であるという校庭(教師たちはグラウンドと呼んでいた)にわたしは辿り着いた。
驚いたことに、見物客がすごく多かった。
どうやらこの学園で、決闘は上下関係に不満を持つ生徒同士によって不定期に開催されるらしいのだ。
だから、見物客共は皆「見慣れた決闘」という認識で今ここにいるのだろう。
…ということは、ほとんどの観客はドラグレッド・レムルズベル目当てなのだろうか。…すごくそんな気がする。
しかし、ああ。心臓が高鳴る。闘争、決闘、それ即ち、わたしの本質!
かねてから宣言していた平和を願う気持ちは本当だ。しかし闘争が好きだという気持ちも本当だ。
好きとかいう次元ではない。闘争を愛している。
審判らしき人物が、校庭の真ん中へと走り出てきた。
「今回の対戦者の、ヴィルバード・アッシュさんですね?対戦相手はもうすぐいらっしゃいますので、少々お待ちください」
…来ていないのなら仕方がない。待とう。しかしあまり長くは待てん。
途端、ワァァァァア!という歓声が響いた。ちなみに大半が女生徒たちの歓声だった。
人波をかき分けかき分け現れたのは、入学初日に見たのと同じ男。金髪を逆立てた髪形をしており、派手に黄金色に染めたマントを羽織っている。むしろ規定である制服が浮いている。
「君がヴィルバード・アッシュかい?妹から話は聞いているよ」
彼はつかつかとこちらに歩み寄り、ぽんとわたしの肩を叩いた。
「妹の目が正しかったのかどうか…君が僕を満たせるかどうか…期待するとしようか」
「そうか。こちらこそよろしく頼む。いい勝負をしよう」
ドラグレッド・レムルズベルが手を差し出す。
わたしもそれに応じて手を差し出し、ぐっと握手する。
審判の、やけに老けた生徒(教師かもしれん)が大声を張り上げる。
「長らくお待たせしました、レディース・エン・ジェントルメーン!これより、今年度初の決闘行事!一年生同士の決闘の開催を、宣言しまぁぁす!」
テンションの上がりきった宣誓に、会場の熱気も最高潮に達する。
「まずは、挑戦者!まったく無名の超新星!ポテンシャルは、おそらく、無限大!今年度王都外部から入学してきた男ー…ヴィルバード・アッシュゥゥ!」
ぱらぱらと、まばらな拍手が起こる。ふむ、まぁこんなもんだろう。
「続きまして、今回の挑戦を受けるのは…!学園トップレベルの実力者!今最も勢いに乗り、今最も聖騎士に近いとされている異質の一年生!付いた異名は『天才』、『神童』!煌めく光は全生物を凌駕する!!ドラグレッドォォォ…レムルズベルゥゥ!」
割れんばかりの拍手が響く。口笛さえも聞こえる。ふむ、圧倒的に応援面ではわたしが不利であることだけは言えるな。
「今回も、もちろん!本学の教頭、ヴァリオレン・デンドルメーダさんのスキル、『バリア』によって!観客席の皆様に危害のないような安全な形式にさせていただきます!」
む、知らん名前だ。手を振りながら、ふくふくと肥えた中年の女性があらわれる。
そのまま両手を広げ、口元で何かブツブツと呟いた。
すると、周囲に光の輪っかのようなものが展開された。
輪はどんどん広がり、空間を飲み込み隔絶してゆく。
やがて、透明のドームのようなものがわたしたち二人を覆った。
広さに関しては申し分ない。どれほど広いか、と聞かれると答えづらいが、とにかく広い。
これならめいっぱい暴れても困らない。
「それでは!両者、所定の位置についてください!」
ざっ、ざっとわたしたちは印の付いている位置に足を乗せる。
「ルールは簡単!武器は何でも使用可能、反則は殺しのみ!では、両者武器を抜いて…!」
わたしは、革袋から短刀を抜いた。魔力を流し込み、長刀、つまり見慣れた長さの刀へと姿を変容させる。
ドラグレッドは、奇妙なものを取り出した。
形としては、刀の柄…だろうか?銀単色で構成された、無機質な柄。ただ、それだけ。
刀身が見えない。
「…君には今から興味深いものを見せてあげよう」
そう呟き、ドラグレッドは柄の先端を離れたわたしに向ける。
次に起きた光景に、わたしは目を疑った。
刀が、生えてきた。
厳密に言うと、刀の形をした光が生えてきた。
白く鈍く輝くその光は、刀のような形へとなって柄の先端へと姿を表した。
恐怖は、ない。あるのはただ、未知への興味のみ。
面白い。
「ならばわたしも、貴様に実に興味深いものを味わわせてあげよう。…『敗北』というものを」
審判が、片手を上げ、そして―振り下ろした。
「始めぃっ!」
その瞬間、信じられないことが起こった。
ドラグレッドが、視界から消失した。
「!」
次の瞬間、わたしの身体はバリアにめり込んでいた。
遅れて痛みがやってくる。
そして、さらに遅れて観客席から歓声があがる。
「どうしたんだ、これはジャブだぜ?まさかそれでへばるわけじゃないだろう?」
わたしは、地面へと滑り落ちる。両足でしっかりと着地してから、ドラグレッドを見据えた。
「ああ。貴様こそ、まさかこれで倒せるなどと思っていまい?」
また、姿が消えた。
ズドドドドド、と思い連撃が身体に入る。時折刀が防いでくれるお陰か、はたまた光そのものにはあまり攻撃性がないのか、致命傷には至らない。…が、速い。
速さで力をカバーする戦法か!確かに、いくら一撃が重くても避けられては無意味、しかしこの男は速さに能力を全振りすることで、自らの技能に力という致命的な欠陥を排している!
そのまま、光の刀による打撃のような斬撃がわたしの腹に直撃する。受け身の構えを取った直後、再びバリアに激突する。
早くも、観客は冷め始めていた。
「なんだよ、よえーじゃん」
「なんなのあれ。イキってただけ?ダサっ」
「いやぁ、派手にやられてるねぇ」
…ん?今、一人だけなんか聞き覚えのある声が聞こえなかったか?しかも、どこか脳内に響くような…
「せ、先代…」
最悪のタイミングであらわれた先代に、わたしは苛立つ。
「君さ、こないだ『わたしにはスキルしかアドバンテージがー』とかなんとか言ってたよね」
なんの話だ。適当に相槌をうつ。
「ああ、言ってたな。で?」
「君、忘れてないかい?君は『力』のウロボロス。早い話、もう君は人外に片足突っ込んでんだよ。よく見ろよ、光くらい見えるからさ」
そう言って、先代は脳内から消えた。
不愉快で不快で、出るたびにわたしを苛つかせるヤツだが…
なるほど、確かにわたしはウロボロスだ。
ざりっ、ざりっと土を踏みしめてドラグレッドがこちらに歩を進める。
「もう終わり?打つ手がないなら、これで終いにする」
再び、ドラグレッドが視界から消える。
が。
「が…はっ…?」
一瞬にして、わたしの直ぐ側に現れたドラグレッド。光の速さというのも、本当なのだろう。
そして、そのドラグレッド・レムルズベルの腹には。
…わたしの黒刀の柄尻が、めり込んでいた。
「打つ手がない、か。それは少し早計すぎやしないかい?」
わたしはぶん、と黒刀を振る。
ドラグレッドは、後方へと飛び退った。
わたしの一撃が効いているらしく、脇腹をさすっている。
そりゃあ、そうだろう。舐めていた相手から、甘い部分にキツイ一撃を入れられたのだから。
「ふっ…ふふっ…そうかいそうかい、君はなかなか面白いじゃないか…油断させたのかい、この僕を」
わたしはそれを嘲笑う。
「いいや?貴様が勝手に油断してくれただけだ。貴様の慢心に、感謝を述べたい気持ちでいっぱいだ」
わたしの挑発に、ドラグレッドの額に青筋が浮かぶ。
いやはや、しかしこの男、精神面はまだまだ若者だな。
「っ…絶対にその地に這いつくばらせてやるよ…ヴィルバード・アッシュ…!」
「そうか。せいぜい勝手な逆襲心を燃やしているといい。さぁ、貴様を応援するはずの者たちが黙っているぞ?どうする、人気者」
ドラグレッドは、光の刀をちゃきりとこちらに向けた。
光がより一層輝きを増す。
「ぶっ潰す」
「…それでいい。―さぁ、始めようか」




