第十二話 決闘はすぐそこに
思えば、ヴァン・レムルズベルという人間はかなり学園内での立場が強いのかもしれない。
なにせ、決闘(?)の場所として躊躇いなく学園のド真ん中と発言したのだから。
つまりはその時間、そこを空けてもらうということになる。一生徒のお願いごときで何とかなるものではなかろう。
ヴァン・レムルズベルは学園内に強固な対人パイプを持っていると考えられる。やはり彼女の願いを受けておいて正解だった。もし拒否していれば、今ごろわたしはレムルズベルによる人間関係の暴力で圧死していたやもしれん。
本日は学園が休日ということもあって、わたしは決闘の準備をすることにした。
レムルズベルによると、ルールは特にないらしい。
せいぜい禁じ手は殺し、くらいだ。つまり一般常識の枠を出ないということだ。
武器の縛りがないのであれば、やはり生前使い慣れていた武器を使いたくなるのが軍人の性だろうか。
わたしは、なけなしの金を握りしめて近くの武器屋へと走った。
「いルルルあっしゃい!」
独特な発音で、老爺が入店を歓迎する。
「すまない。武器が欲しいのだが…」
「武器っちゅーのわね!」
急に、耳にクる感じの声で叫ばれ身体が強張る。
店主と思しき小柄な老爺は、つばを飛ばしながらまくしたてた。
「最近若いもんはよくもまあ、軽々しく「武器をくれ」とか言うんだわね!そんで、雑に扱ってすぐぶち壊しちまう!」
な、なんだなんだ。この爺さんとは初対面のハズだぞ。なぜわたしは今この爺さんに指を突きつけられ、唾を顔面に吹きかけられながら知りもしない若者への愚痴を聞かねばならんのだ?
「んだわね!兄ちゃんがまともなヤツだったら売ったる!クイズだに、クイズを出したる!これで正解したらば売ってやるきに!」
く、クイズ?なぜ武器を買うだけなのにこんな下らんことをせにゃならんのだ?
「第一問!卑劣な戦法をあげろ!」
「卑劣な戦法だと?」
想定した問題と斜め上の角度から飛んできた。なるほど、卑劣な戦法…か。
「それは一対一のときか?」
「ああそうや!タイマンんときの戦法言えっつぅ話や!」
「そうだなぁ…言語が違う人間を相手にするときでもいいか?」
「は?い、いやまぁいいけども。あるんだろうね?」
「その国の言語で物陰から呼んで、来たところを刺し殺す…とか?」
それは、かつて我々日本軍がやったこと。
「メディック!ヘルプミー!」
と戦場で叫ぶことで、非戦闘員である衛生兵をおびき出し、有利な状況下で刺殺する…。
今思えば、あれはかなり卑劣な戦法だったかもしれん。うむ。
「…な、なるほどな!とりあえず第一問合格!」
なんか、若干引かれた気がするのだが。わたしはただ聞かれたことに答えただけなのだが。
ものすごく悪いことをしたような気になる。
「だ、第二問!兄ちゃんに死ぬ覚悟はあるか!」
それはもはや問題というよりは、意思確認ではないか。爺さんのニタニタした笑いが癪に障る。
そうか、今までこの問いを投げられた人間は答えに迷ったのだろう。だから、こんな自信を持って問えるのだ。「所詮こいつも若者」そう思うているだろう、爺さん。舐めるなよ。わたしは軍人だ。
「わたしは絶対に死なない。絶対に殺すと誓った者をこの手にかけるまで、わたしが道半ばで倒れることは、断じてない」
わたしは、強い意志を込めて言い切った。
爺さんの目から笑いが消える。
「…本気かいな?」
「本気だ。わたしには既に、戦場を駆け、魔物の首を掻き斬る覚悟はできている。だからわたしに武器を売れ」
爺さんは、また笑った。しかし、今度は悪意のある笑いではない。呆れたような、何か得体のしれないものを前にしたときの笑い。
「…合格や。好きなもん、選びや」
爺さん…いや、店主がカウンターの奥にあった吊り下げ式の板をずるずると上に上げる。
そこにあったものに、わたしは息を呑んだ。
素晴らしいほどに並んだ、武器、武器、武器。
剣はもちろん、盾や金槌、鉄球や弓、そして銃まである。
まさによりどりみどり、武器の楽園である。
「…これは?」
わたしが一番はじめに目をつけたのは、店の棚のド真ん中に堂々と鎮座している黒い短刀だった。
いや、今思い返してみると、わたしがあの刀を見つけたのではなく、あの刀がわたしを見つけたのかもしれない。
そう錯覚させるほど、その出会いは強烈で鮮明で、実に運命的なものであった。
「あー、それはいかんやっちゃ。造るときに魔力込め過ぎたきに、刀が黒ずんちまった。使えねぇことはねぇけんど、あまりに見た目が恐ろしいもんで誰も買おうとしねぇんでさぁ」
わたしはそれを聞いて、ふむと唸った。
「…誰も買わないんだな?」
むすりと頷く店主に、わたしは指を立てて言った。
「半額で売れ。もちろん、税抜きでな」
店主は目を見開いた。
「は、半額!?そりゃあちょっと兄ちゃん、商売上がったりっちゅうかなんちゅうか…」
「あと、この店にある長銃を一つ。できれば職人の技術とやらで、その長銃の先の弾筒に短刀を引っ付けてほしいんだが」
「へいへい、カスタムね。百歩譲って短刀を半額で売るのはいいとして、長銃、あとカスタム料金でプラス十五万フロウね」
そうか、この世界の通貨はフロウというのか。わたしは家から出る時握りしめていたありったけの札束を、店主の前にドンと置いた。
「はいはい、ありがとうございま―」
「気にするな、釣りはいらん」
ほくほくした顔で札束をめくり数えていた店主の顔が、みるみるうちに曇る。
「いや兄ちゃん、これっぽっちの金じゃ短刀すら買えねぇんだが」
「…」
わたしは、再び無言で金をつきつける。
安心しろ店主、悪いのはお前じゃない。おそらく、悪いのは圧倒的にわたしだ。
「いやいや」
「…」
三度目。店主の顔が困惑の色に染まり始める。
「…今ここで男気見せてくれるなら、未来永劫この店で武器諸々を購入することとしよう」
「…ほんまかいな」
「めちゃくちゃ本当だ」
店主はそこで、何かを思いついたようにポンと手を打った。
「そうや、んならその条件とプラスして、もう一個条件追加や」
「なんだ。早く言え」
「その刀とその銃で、でっかくなれよ。兄ちゃんが目標にしとるもんをゴールにしちゃあダメや。もっと高く、高くや。ええな?」
まったく。若者のくせに、わたしに説法を垂れおって。
「わかっている。で、金は本当にそれでいいんだろう?」
「それでいいも何も、兄ちゃんがそれしか持ってないんやからしゃあないんや…」
ぶつくさ言いながら奥に引っ込んでいく。奥から声が聞こえる。
「カスタムに時間がかかるんや。明日になったらもっかい来てくれや。ほら帰った帰った」
とりあえず、よかったと言っておくべきだろう。
外を出ると、もう太陽は真上にあった。
昼だ。
ぐううう、と腹が情けない音を立てる。先ほど有り金をすべて武器に突っ込んだばかりなので、一文無しである。家に何かあったか?いやない。
道草(言葉通り)を食ってしまおうか。いやいや、戦時中ならいざ知らず、平和なこの時代に決して優先して食うべきものではないだろう。
うむ、と思考を巡らせる。どうしたものか。先日のような幸運な出会いはもう起こらないと思っておこう。食う飯に困るなんて何十年振りだろうか。
すん、と鼻がいい匂いを嗅ぎつける。
焼き魚だろうか。わたしの大好物だ。ふと、ウロボロスに壊滅させられた村での生活が脳裏によぎる。
母の焼いた魚。都会に来たとて、わたしは未だにあれを越える料理をしらない。
苦い記憶が蘇り、わたしは複雑な気分になった。
少なくとも、金のない今のわたしにはこの魚の匂いは無意味でしかない。むしろ空腹を進めているところを見るに、害である。
少し足早になっていることを自覚しつつも、わたしは魚屋を横切り借家に戻ることとした。
わびしい借家へと歩を進めようとした、その時。
「あれ!アッシュじゃーん!」
ヴァン・レムルズベルに、捕まった。
「そっちの方向は武器屋だよねぇ…てことは武器買ったってことかな!?」
「あ、あぁ、まぁ…そうだが」
彼女はけらけらと笑った。
「あそこ、人気無いんだよ。店主さん、変わってたでしょ?」
「ああ、確かに。そうか、人気ないのか」
「そうそう。購入者に変なクイズ出したり、すごいクセのつよい人らしいね」
確かに、そう、確かにそうだった。クセのつよい、か。まさにそのとおりだ。
わたしの腹がぎゅるると鳴る。若者ならばここで赤面して取り乱すところだろう?わたしは違う。
「そうだ、腹をすかしていたところだった。すまない」
「えぇ、まだお昼ご飯食べてないの!?」
「…金が尽きたんだ」
変に取り繕わず、事実だけを述べる。すると、ヴァンは先ほどとは比にならないくらい笑った。
「あはははっ!やっぱり!武器に全ツッパしたんでしょー?あそこ高いもんねぇ」
なに、あそこは他店より高額なのか。それは許せん。もし労を厭わず他店に足を運んでおれば、飯くらいは手に入っていたはずなのに。
「そうだ、もしよければ、今からご飯行かない?ちょうど話したいこともあるし、キミはご飯をタダで食べれる。ウィンウィンでしょ?」
待ってました!わたしはこの若者を心から称賛した。素晴らしい心の広さだ。遠慮する理由はない、ここは一つご馳走になるとしよう!
ヴァンに連れられついた先は、先日と同じ場所。文句はもちろんない。食えるだけで有難い。
「結局ね、みんなここのレストランに戻ってくるんだよ。モノを言うのは味だね、味」
テーブル席に腰掛ける。彼女はメニューを開きながら、おもむろに口を開いた。
「決闘っていうのは、ある程度両者の情報を開示してから行うものなんだよ。もちろん、スキル…とかもね?」
すいませーん、とここでヴァンは言葉を切り店員を呼ぶ。
「ステーキセット、パンは大盛り。二つね?」
店員が恭しく頭を下げて席から消える。店員の去った先にある厨房をじっと見つめながら、彼女は再び口を開いた。
「お兄ちゃんのスキルは、『光撃刃』。簡単に言うと、光を操るスキルね」
思ったより規模が大きい。光を操る。…光を操る?それは少し、というかだいぶ、人智を超越しすぎていないか?
「お兄ちゃんは、生成した光の剣を使うの。あと、空間に…なんだっけ、百本まで光の剣を生成できる…とか、そんな感じだった気がする。速さもそうだけど、お兄ちゃんパワーもあるから、手強いかもね」
そこで彼女は、ちらりとわたしを見た。琥珀色の瞳がわたしを射抜く。
「…そうか」
わたしは、それだけ返した。泣き事も、挑発も、すべては対話において愚策。事実だけを受け入れ、ただそれを超えるだけの努力をすればいい。それだけだ。
「で?アッシュのスキルは、なに?」
「わたしのスキルは、『鬼神』だ」
わたしは話始めた。スキル『鬼神』には、その発動における特徴がいくつかある。一つ、身体能力が極限まで強化される。二つ、動体視力が人間の域を越える。三つ、感情の昂ぶり関係なしに『魔力漏出』が起きる。
ここでわたしが対ヴァン兄貴に際して注目した力が、二つ目。『動体視力の強化』だ。この強化というものが具体的にどのような速さまで見切れるかどうか、詳しいことはまだ知らない。
果たして、光の速度はわたしの『鬼神』で追えるのか。いや、そもそも本当に光速で動くならば、見える見えない以前の問題のような気もする。
そこが、勝敗を分けるところになりそうだ。
わたしたちのテーブルに、じゅうじゅうと焼けたステーキが二人分置かれる。少し間が空いて、籠に入った大量のパンと、スープ。
…考えるのは後だ。さっきから腹の虫が鳴りやまない。ヴァンはわたしの話を聞き終えると、ぱんと手を打った。
「よーし、大体わかった!じゃ、食べよっか!」
パン、と手を合わせる。
「いただきまーす!!」
いただきます。
決闘の日は近い。来たるべき戦闘に勝利するため、わたしは大口を開けてパンに食らいついた。




