第十四話 光速を越えし神速決闘・上
《ドラグレッド・レムルズベル視点》
「さぁ、始めようか」―
その言葉とともに発せられた威圧に、僕の肌がゾワッと粟立った。
この男、単なる冷やかしや道楽で僕に挑んできたわけじゃない。ヴァンの手引きもあるだろうが、この男はそれなりの勝算を持って僕の前に現れてきたのだ。
そして、目の前の人物は恐らく見抜いている。僕のスキルには、力が伴わないことに。
「じゃあ、この攻撃を…見切ってみろ、よッ!」
僕の身体が一瞬にして光速の次元に突入する。
このスキルの弱点は、露呈したとして大した問題にはならない。なぜなら、いくら僕のスキルに攻撃性がないにしろ、光の速度を見切れない限りはそもそも攻撃が見えないから。
そして、光速を見切れる人間なんてこの世界にはいないだろう?つまり、僕の勝ちだ。
一瞬でヴィルバードの後ろを取る。
しめた、反応が追いついていない。
「はぁっ!」
光剣を振るう。殺しは反則だが、殺す寸前まで痛めつけるのは自由だから。
ガキィンッ!
「…え」
止められた。
まぐれなんかじゃない、剣の腹で、堂々と。まるで、ここにいるのを予期したかのように。
計算されつくした、読まれつくした、完璧なガード。
「貴様のスキル。たしかに速い」
ぎりぎりと僕の剣を押し込めながら、ヴィルバードが口を開く。
「が、速いだけだ。しかも、貴様のスキル…光速になるのは、あくまで移動中だけのようだな?」
僕の身体が強張る。知られている。見抜かれている。全部。
「貴様の予備動作は緩慢極まりない。あくまで速度が上昇する移動中のみ、貴様の速度は瞬間的に光速を記録する。だから簡単なのだよ、貴様のトロい予備動作から攻撃機動を見切ることなんぞ」
僕は確信した。
こいつは、無謀にも挑んできた格下なんかじゃない。
僕と肩を並べる、天才。
捕食者側の人間。
「先ほども言ったように、貴様の光そのものには攻撃性はない…そりゃあそうだ、所詮は光だろうものな。だから速さでカバーした。力は速さ。速ければ速いほど威力は上がるから…だろう?」
図星。たった数分の立ち合いで、なぜこうも完璧に見抜かれるのか。老獪な古剣士だって、ここまでは看破しきれないだろう。
そのまま、ヴィルバードは僕の剣をつかむ。
そうだ、静止している状態において、僕の剣の殺傷力は極限まで低下する。
ぐいっ、と引っ張られる。僕の身体もそれに伴ってヴィルバードのほうに傾き、彼はそのまま手首を捻じるようにして僕の手から剣を奪った。
状況が、次第に劣勢に傾いていく。ナメていたのは僕の方だ。
僕は、笑った。
「ふっ…ふふふっ、ははは…!」
ヴィルバードが片眉を上げる。何がおかしい、そう問うような表情。
「…すごい、すごいよ!王都の家庭教師にも、ここまで僕の能力を看破して、追い詰められる人間はいなかった!」
僕はゆっくりとヴィルバードから離れる。互いの距離が、試合開始の時の距離と等しくなる。
彼は僕から奪った剣を、床へと投げ捨てた。僕の手から離れた時点ですでに光のそれは失われていたので、ただの柄だ。彼も、利用価値がないと判断したのだろう。
その判断は、正しい。
だけど、それで僕に勝てると思ってるなら、それは大間違いだ。
「君になら見せられる。僕の全力。君ならきっと、死んでくれないよね?」
ヴィルバードが、構えをとる。それでいい。さぁ、ぶつけ合おう?
「『光撃刃』…最大出力!」
僕のスキル、『光撃刃』。その最大の強みは、『最大で百本の光の剣を生成する』だ。
それは、僕の手中に収まらない。
空間に、白く輝く光剣がいくつもいくつも現れる。
バリアの内側が、鈍い光に包まれる。
そしてもちろん、空間上に存在するこの光剣たちも、光速を有する。
そしてこのバリア。フィールドが限定されている状態では、このスキルは最大の威力を発揮する。
狭い空間のなかで、縦横無尽に襲いかかる百の光剣。
それは、まさしく『不可避』。
「いくら僕の速度を見切れていても!果たしてこれは!受け切れるかな!」
観客のボルテージも最高潮に達する。
「キャーッ!やっぱりドラグレッド様かっこいー!」
「無敵ー!」
「最強ー!」
その歓声に軽く手を振って応える。
そして僕は、ヴィルバードを見据えた。
「いいの?それが君の全力?終わらせるよ」
しかし。
ふっ、と、ヴィルバード・アッシュは笑った。
「確かにそうだな。では、わたしも本気になるとしようか」
「…へぇ」
挑発はしたものの、まさかこの先があると思っていなかった。
彼は剣の大きさをもとに戻した。短剣が、ヴィルバードの手元に収まる。
「フーーーッ……」
そのまま、大きく深呼吸をした。
僕含め、まわりの歓声、そして空気さえも静まりかえる。光剣の鈍い光はそのままに、僕は彼を観察することを選んだ。
ヒュルルル。
かすかに、風が逆巻く。しかし、これはなんだ…。
ヴィルバード・アッシュを中心に風が立ち昇っている?
若干、空気が吹き荒れる。風の勢いが増し、すこし、肌寒くなってきたように思う。
あれだ。入学初日、いざこざを巻き起こし言い争っていた僕とあと一人の茶髪の男を黙らせた、あの殺気。
ヴァンは、あのスキルを何と呼んでいたか。
そうだ、『鬼神』だ。
名前負けしてるに違いないと、心中密かに嘲笑っていた、けど。
空気がひび割れるような、そんな異質な音が響く。
ギギギギギ、と。
およそ空間に走るものとは思えない音。
まるで、まるで…
この力を世界が拒絶しているかのような。
次第に、空間が変質する。
バリアの上部、ちょうどヴィルバードがいる真上の部分がバキっと割れる。
そこで初めて、観客から悲鳴のような声が漏れた。
「な…なにこれ…?」
本日は晴天。憎たらしいほどの青をたたえたその青空を、ヴィルバードから発せられた、濃く、そして禍々しいオーラが穿った。
見ると、ズズズッ、と彼の額、両の目の上部からオーラと同じ色をした紫色の角が生えるところだった。
生える、というよりは、魔力によって無から生成されている、と表現したほうが正しいのかもしれない。
いや、文法上の表現なんてどうでもいい。
ただ分かることは、この力は僕をはるかに凌駕している、ということだ。
戦う前から、何故か理解できた。
この男は、のちのち何よりも恐ろしい存在と成る。
恐ろしい予感だ。しかしそれが、僕にはどうにも近い未来に起こり得る正夢であることを、否定しきれなかった。
「…規格外すぎないか、ヴィルバード…」
オーラが次第に鳴りを潜める。安心?できるはずがない。オーラが収束したということは、あの殺気が消えたというわけではない。
あの殺気が、ヴィルバードの身体の中にすべて内包されたということだ。
安心なんて、できるはずがない。
空気が再び動き出した。空間も、時間も、青空も。すべてが、数分前と同じ状態へと回帰し、再び躍動を開始した。
先ほどと違うところは、二つ。
ヴィルバード・アッシュから発せられる明らかに禍々しく殺意と激情に満ちた、オーラ。
そして、淡く紫に輝く二本の魔力の塊…いや、角。
それだけだった。
それだけのはずだった。
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《ヴィルバード・アッシュ視点》
世界はこんなにも、心地よかっただろうか。
わたしは、わたし自身の身体から流れる力の奔流に、形容しがたい解放感を感じていた。
心地よい。
あの日、まったく歓迎できない経緯を伴って手に入れた力は、皮肉にも今のわたしの一番の強みとなっている。
眼前に在る百ほどの光刀。
そしてその手綱を握るのは、ドラグレッド・レムルズベル。
観客…外野はすでに野次を飛ばすほどの心の余裕を失っている。
舞台は、整った。
「さぁ。それでどうする?わたしを貫くつもりだろう?」
ドラグレッドが、呆然としていた状態からはっとなったように向き直る。
「…あ、ああ、そうさ!いくら君が速くても、いくら君が僕の技を見切っていても!この光撃は、決して避けることはできない!不可避!そう、不可避なんだ!」
その強い啖呵には、どうにも先刻までの余裕綽々とした態度は感じられなかった。
崩壊の予兆を来している、自分への圧倒的な自信を、強い言葉によって繋ぎ止めているような。
意気揚々と実況していた審判さえも、目を見開いて黙りこくっている。
これは試合というよりも、単なる戦いに近い。
わたしは、背中にくくりつけられていた銃を取り出す。
長銃、『ウルフヴォロフ=ガン』。銀の彫刻がギラリと輝き、まるでわたしの闘志に呼応するかのようだ。
そして、手に収めていた刀、『冥』を傾ける。
ガチャッ。小気味よい音とともに、二つの武器が一つとなった。
銃剣。
第二次世界大戦時、わたしたち日本軍が使用した、一撃離脱型の兵器。
相手にとって、不足なし。
心なしか青褪めた表情で、
「…悪いけど、君には手加減できないよ」
そう、ドラグレッドは言った。
もとより、手加減など望んでいない。
ああ。力が、力が溢れてくる。
唐突に、頭の中に先代の声が響く。
「すごい…すごい!やっぱり君は、『力』のウロボロスの器に足る男!」
体の奥底から、激しい力の奔流が感じられる。
手がかたかたと震える。
膝が笑う。恐怖ではない。
興奮だ。
震えて止まない身体と心を叱咤するために、わたしは一声、喝を入れた。
「はぁっ!!」
と、頭の奥でなにかのタガが外れたように、かちりと音が鳴った気がした。
ボボボボ、と炎が燃えるような音とともに、わたしの身体にも変化が起きていた。
身体から、黒い炎のようなものが立ち昇っている。
先代が、静かに言った。
「初めての実戦で…まさか、ここまで極めるとはね。…それは『力』のウロボロスのものだ。君のスキル『鬼神』と、『力』のウロボロスの力が、化学反応をおこしてる。まさかこれで君がウロボロスであることは露見しないと思うから、存分に…そう、存分に暴れていいよ」
わたしは、銃剣を構えた。
短刀の切っ先は、無数の刀を構えたまま微動だにしないドラグレッド・レムルズベルに向けられている。
「貴様がわたしに抱いている不躾な勝利への妄想、希望…すべてを粉微塵にして、靴底で踏み躙るような。そんな勝ち方をしてやろうと、決めたぞ」
静かに、そう告げた。




