【65】
ミネルヴァの梟は暮れ染める黄昏とともに飛翔するーー
シヴァが洋子の元に喚ばれたのは、奇しくも魔界の時間帯では夕方であり文献通りだった。
魔鏡の湖のほとりで洋子を待ち構えていたのは、予め夢で洋子がルシアへ伝えたのだ。
「洋子、私は帰りたい。でも本当に帰れるの?」
『沙織。この世界に来た研修初日、2015年6月14日まで戻します。私を信じてくれますか?』
沙織は洋子の目を見て頷いた。
「洋子、ご両親や弟さんと会えなくてもいいの?」
洋子はいつもの笑顔を見せた。
『沙織とも家族とも必ず逢える。沙織、コレをスマホに付けてくれる?』
手渡したのはスマホのアクセ。五色の糸を編み込んだ糸を紡ぎ、先端には魔石が光るストラップだ。
沙織は嬉しそうに壊れたスマホに着けて、胸ポケットに入れた。
「洋子、ありがとう」
『沙織、元気でね?ウチの店舗を頼んだわ」
沙織は笑い出した。
『もぉっ!洋子ったら仕事の話なの?わかったわよ、任せといて」
《Weather…》
洋子の魔導器から桜翠、紅蓮、琥珀、紫雲、瑠璃、玄丞が天に向かっていく。
「洋子、貴女に会えてよかったわ。私も幸せになりたいと初めて思った」
『沙織、また会いましょう》
魔鏡は異世と現世を繋ぐ道。
同じ道を辿り戻ってゆく様が感覚でわかる。
沙織は魔界に二度と訪れることはなかった。
『Luciferは、よかったの?貴方の妃候補として異世界から手繰り寄せたのではないの?』
「ん?よくわかったな?気持ちだけは操作したくないし」
『Luciferらしいわ。沙織は彼氏がいたから厳しかったかも』
Luciferはニヤリと笑った。
「洋子、気づいたんだろ?」
『私は魔族の母と人間の父を持つ半妖なのね?』
「あぁ。オレと洋子は兄妹だ。元の世界で何か聞いてたのか?」
『私を身ごもる前に兄がいたけれど死産したと聞いていた。だから戸籍上に佐藤陽介という氏名は記載されているわ。戸籍上は死亡だけど、母は兄の事を話す時はいつも微笑んでいた』
ルシアは「そうか」と、一言。無言で遥か彼方を見つめる先には母の姿が視えたに違いない。
『Lucifer、今度は貴方と一緒に母に会いに行こうね』
「あぁ。弟にも会いたいが、あいつは向こう側にいたいらしいがな?洋子と話したがっていたぞ?」
素朴な疑問符を投げかけた。
『………何故、話せるの?』
ルシアは肩を竦めた。
「成人の年に会ったから。洋子は仕事に夢中で、一度もオレの声が届かなかったからな」
『あぁ〜、そんな感じ。心が閉じていたもの』
「洋子の瞳に映るものが“満ちて”いたからこそ、見間違わず真実を知ることとなった。目を閉じては視えぬ。逃げてしまえば得られぬ。諦めは何も生まぬ。よく頑張ったな、洋子」
『Lucifer…』
ルシアは優しく洋子の額に口づけをした。




