episode 23 綺麗な人
ガタン、と銃砲店の扉が悲愴な音を立てて開いた。
「……アルミュが撃たれたって」
顔面を蒼白にしたチェスカが立っていた。
思い出さないようにしていた危惧が一気に込み上がってきた。
「うん。息はあった。大丈夫なんだよね?」
期待を込めてトータツは言う。
「わからない。陸軍病院の中には入れないの。……どうしてトータツ君知ってるの?」
「……隣にいたんだ」
「一緒にいてどうしてアルミュが撃たれるの止められなかったのっ!?」
「………」
「……ごめんなさい。バカなこと言って」
「いや。実際、おれがもっと強ければアルミュがやられることはなかった」
「違う。わたしが言いたかったことはそういうことじゃない」
チェスカの言っていることはなんとなくわかった。しかし、トータツは自分の言っていることが間違いだとは思っていなかった。自分がもっと優秀な軍人であれば、味方は一人もやられず、敵を殲滅することも理論的には可能なのである。
「立ち話もなんだから」
「……うん」肩を落としながら、チェスカは階段を上った。
アノンが寝ているかも知れない。自分の部屋の前まで来て、彼は扉に手をかけるのを躊躇った。起こすのも悪いし、なにより、今は彼女から遠ざかっていたかった。一階にいたのもきっとそれが理由。
「――アノンが寝てるんだ。チェスカさんの部屋じゃだめかな?」
「散らかってるよ」
「知ってる」
足の踏み場がないとはまさにこのことで、トータツはつま先立ちになって衣服やら資料やらを踏まないように部屋の奥へ進んだ。
部屋主であるチェスカは流石になれたものだった。踏んでいい場所をわきまえているらしく、すたすたと奥まで行ってしまった。
やっとベッドのところまでたどり着き、二人は並んでそれに腰掛けた。寝室には小さなオレンジ色の明かりしかなく、落ち込んでいるらしいチェスカの姿をいっそう弱々しく映し出していた。
「新聞社忙しいでしょ?」
「かなり。水が使えなくなったことの説明で大わらわ。号外出して、撒いて、書いて……。――アルミュがこんなことになっちゃって、一時帰宅許されたけど。今度はいつ戻れるか」
「そのおかげで市民が安全に暮らせるんだから、やり甲斐のある仕事じゃない?」
「……そうだけど」チェスカは悔しそうにして、「そうだけど、アルミュはわたしの大切な人なの。子どもの頃から一緒にいてさ、憎まれ口叩いてさ、……あいつがいなくなるなんて信じられない」
呼吸の音が聞こえそうなほど静かな部屋であったから、チェスカの声が潤んでいるのも鮮明にわかった。
「おれはさ、アルミュは絶対に助かると思うんだよね」
「どうして?」
「……いや、なんとなくだけど。おれもアルミュがいなくなるなんて信じられないんだよ。だから、絶対、前みたいに嫌味なくらい飄々とした姿見せてくれるって」
「わからないよ。そんなの気休めじゃない。わからないんだから」
チェスカは膝の上にぽたぽたと涙をたらし、声を押し殺して泣いていた。
泣きながら、トータツの腕を強く握って、
「レーメラのやつらが憎いよ! 前はさ、向こうにも事情があって、こっちが一方的に道義を振りかざすのはおかしいと思ってたけど、もう、今は純粋に、心の底から憎いよ!」
チェスカは腕から伝って、トータツの体を抱きしめた。
トータツもその震える背中を抱いた。
トータツはチェスカと同じように相手を憎むことが出来ないもどかしさがあった。なぜなら、アルミュを撃った相手を憎もうにも、そのものはすでに死んでいる。レーメラ全体を憎もうとしてもアノンのことが引っかかる。
煮え切らない自分が悔しくて、それを紛らわすかの如くチェスカの体を抱き寄せた。それに、この部屋は一人でいるには些か寒かった。
ぽたりぽたりとトータツの肩にチェスカの涙が染みた。
「わたし新聞屋失格だよ。全然客観的じゃない……」
「これで客観的だったら変だって」
「わたしよりトータツ君の方が落ち着いてるし客観的だよ」
チェスカがどのようなつもりで言ったかは定かでなかったが、自分の心を見透かされたような気がした。だから、トータツは一段と強く腕に力を込めた。
「んっ――」
チェスカが鼻に詰まるような吐息を漏らしたのでトータツは慌てて力を緩めた。
「ごめん、痛かった?」
「ううん。大丈夫」チェスカは申し訳なさそうに囁く。「……大丈夫だよ。――ねぇ、トータツ君。抱いてもいいよ」
「――え?」
チェスカは体重をかけると、勢いよくトータツをベッドへ倒した。
トータツも、はなから抵抗するつもりなどないので簡単に倒された。トータツの目の前にチェスカの顔があった。
彼女は小さい口からはっきり言った。
「わたしのこと抱いてよ」
「冗談だよね」
「……当たり前でしょ。トータツ君は従兄の弟だもん」
「従弟なら別に問題ないんじゃないの?」
「あそっか。じゃ、抱く?」
「冗談でしょ?」
「もちろん」
彼女は清い笑みを浮かべた。そして、少しだけ残念そうにも見えた。
綺麗な人だ。そんなチェスカからトータツは慌てて目を反らした。胸が一度高鳴った。この人を手に入れる最初で最後の機会だったのかも知れない。冗談にされてしまったのは失敗だったか。
「……トータツ君。隣にいてくれる?」
「うん」
「ありがとう」
トータツの目の前で彼女は目を閉じてしまった。
その表情はあまりにも無防備だった。すぐに寝息を立ててしまっている。よほど疲労が溜まっているのであろう。
先ほどまでの刺々しい己の心が消えていた。
彼もまたチェスカの隣にいて和んだ。気のせいか眠くなってきてしまった。寝返り一つで重なりそうなほど、真横で彼女の寝顔を見ながら、トータツはアノンのことを思った。
ちゃんと寝ているだろうか。風邪とかは引いていないだろうか。チェスカの隣で寝ている自分を見たら、少女は一体なんと思うだろうか。
逆に、アノンが、――そう、例えば、アルミュと寝ている姿を想像してみた。こんな平和な絵はない。自然に表情が綻んだ気がして、じきに眠った。




