episode 22 帰還
トータツはオンディが数歩行くと、這いずるようにして後方へ飛ばされた自分の拳銃へ駆け寄った。だが、狙いを定めるまでもなく、銃身が歪んでいることを発見した。このようなもので撃ったら暴発は免れない。
「くそっ!!」
一回大きく吠えて、濡れた地面を殴りつけた。叫んだ拍子に、頬から伝った雫が口の中に回り込んできた。
トータツはオンディとは別の方向に走った。
少女がルジェの死体を前に、しゃがみ込んで泣いていた。
トータツはルジェの死体が自分の死体と重なるという奇怪な感慨を不意に受けた。しかし、のんびりとわけを考えている暇はない。すぐさま、自分よりも長身のアルミュを抱きかかえた。幸い彼は痩せていてそれほど重たくはなかった。
「アノン、行くよ」
少女は上腕で雨か涙を拭うと、しゃくり上げた状態のまま立った。
また一つ自分の知らぬアノンを見つけた気がした。彼女のすべてを知りたいという欲求はあるが、それは同時に恐怖でもあった。
車を止めた場所まで戻ってみると、騒ぎを聞きつけた警都隊や、軍、果ては政府関係の役人までが押しかけていた。胸を撃たれた第四軍の兵士は死んでいた。
アルミュを待ち構えていたコールに渡し、間髪を入れず自動車で病院へ搬送してもらった。
彼の意識は失われていたが、息はまだあった。トータツはなんら根拠もなしに、彼が必ず助かるんだと信じて疑わなかった。――敢えて疑わなかった。
次ぎに、トータツは水道局の責任者らしきものを探し出して、市街への給水を直ちに中止するように求めた。合わせて、水質の調査をするようにも言った。これだけの大事になっているのである。向こうもすぐに了解した。
やるだけのことはやった。アノンは騒ぎの中心から少し離れたところに、場違いであるかのようにちょこんと座っていた。
「帰ろう」
濡れたのと疲労と、色々な出来事のせいでトータツは我ながら元気がないのを承知していたが、なるべく生き生きとアノンに話しかけた。
顔を上げた少女は泣きやんでいた。濡れた細い髪が頬へ張り付いて儚げであった。
「もういいの?」
「ああ。帰ろうよ」
「……うん」
少女は力なく立ち上がった。そして、足を引きずるようにして歩き始めた。
「寒い?」
「大丈夫」
冷たい雨に打たれた小さな体が冷えていないはずはない。少女の唇も顔も青ずんでいた。
「さっき、どうして泣いてたの?」
「……わたしにもわからない」
少女は力なく言った。なくした記憶の中でそう思ったのであろう。
少女がレーメラの工作部隊と知り合いであることは疑いなさそうである。そうならば、ルジェとアノンが知り合いである可能性も充分ある。親しい間柄だったのなら、残酷なことである。
歩いている途中で辻馬車を拾った。
彼らがあまりにも濡れていたので、御者はいい顔をしなかった。
申し訳ないが御者のことにまで頭が回らない。戦闘の後はいつもそうだ。冴えているようで思考が定まらない。
ミンツ銃砲店の鍵がまた壊されていた。襲われたんだっけ……、明日直そう。取り敢えず自分の部屋に入ると、タオルを二枚出して一枚をアノンに渡した。
「トータツ、ごめんなさい。今日はもう……、休みます」
アノンはタオルを受け取って、自分の部屋へ消えた。
カチリと扉が鳴った。鍵が閉められたのをトータツは初めて聞いた。
水道を捻ってみた。水は止められていた。タオルで体を拭いて濡れた服を着替えた。ソファーに横になってみるが、まだ頭が無駄に冴えている。
眠れない。起き上がって水差しに入っていた水を使ってコーヒーの支度をし、机の上に置いてある拳銃を見てみた。
スライドとバレルが、綺麗なほど銃弾の形に凹んでいた。バレルが曲がっているし、スライドも引っかかる。力任せにスライドを引っこ抜いた。フレームやアクションは問題ないようである。撃たれたところだけ替えれば使えそうだ。
コーヒーカップ片手に一階の店で物色した。
トータツの銃に合いそうなものはたくさんあったが、彼の特注品ほど精度が高いものは見つけられない。それでも、色々と個性的な部品があり、それはそれで面白い。
暗くなった店内に明かりをともした。スライドとバレルの組み合わせだけでもこんなに種類があるとは、彼は取っ替え引っ替え、何度かコーヒーをおかわりして、そんな遊びにふけっていた。
このまま一生が過ぎてしまうのも悪くないかも知れない。
部品が替わり、表情も変わった磨きたての自分の愛銃を眺めて、自嘲的な笑みを漏らしていた。ちょっと部品の代金が気になった。




