episode 20 雨の進軍
高々と唸る車の中は大人しかった。
アルミュの説明が終わると誰も口を開かずに、ただ黙って目的の地へ到着するのを待っていた。
アルミュはオンディたち本隊の動きを常に探っていた。
工作部隊の破壊活動が陽動作戦だとわかっていても看過するわけにはいかず、部下を裂かれるのを非常に苦々しく思っていた。
そのオンディ率いる本隊がついに動いたのである。
情報をもたらした部下の話では浄水場へ向かっているとのことだった。
彼は表門ではなく、裏門へ自動車を着けるように言いつけた。
アルミュはアノンを除く全員に銃の準備をさせた。そして、情報源の兵士から、敵が六人ということを確認し、説明の最後に、この人数しかいないのに、共に戦ってくれる皆へ惜しみない感謝を捧げる、といつになく真面目腐って述べた。
トータツには、先ほどの命令無視の分も働くように、と付け加えて。
到着してみると、裏門の入り口には門衛の死骸が転がっていた。
「遅かったか」
最初、そう呟いたアルミュも、進むにつれて一つまた一つと増える死骸を見ては、もうそんなことを言っている暇がないように銃を握りしめていた。
どこに敵が潜んでいるかわからない。車は極めてゆっくりと走らせる。
これ以上先は入り組んでいて自動車での侵入は不可能だった。
浄化装置だかなにやらが茫漠な土地に無数に並べられている。
アルミュは扉が遮蔽になるよう慎重に車を降りた。
他の三人もそれに倣った。
アノンはこの期に及んでもついてくると言い張ったが、トータツは絶対にそれを許さなかった。
彼女が足手まといになるとか、戦闘に巻き込みたくないとか、そういうことを恐れていたのではなかった。少女の戦闘力は十二分に知っていたし、戦力になることも明らかであった。それなのに彼は頑として拒んだ。
露骨なほど危険な進軍であった。降りしきる雨で視界は効かない。敵は伏せていればいいだけだ。動かぬものを見つけるより、動くものを見つける方が遙かに簡単なのであるから。
アルミュが皆の盾になるべく、先頭を行く。
しばらく進んだとき、三発の銃弾が、篠突く雨を蹴散らすように飛んできた。その中の一発に、やはり、アルミュは撃たれた。
それでも、僅かな気配を察してか、横に上体を反らし、右肩に銃弾が掠っただけですんだ。
一発は外れ、残りの一発は第四軍の兵士の胸を撃ち抜いた。
アルミュの精神が伝播してか、トータツも一歩も引かない。顔を背けるどころか、その閃光を凝視して逆に撃ち返した。敵は三人。三カ所に三発。軽捷な技であった。
銃弾を放つと、速やかにそばのタンクの陰へ身を潜めた。
一人は仕留めた手応えを感じた。残りは二人。場所さえわかってしまえば、もう戦闘は五分である。
胸を撃たれた兵士は瀕死であった。肺から空気が漏れているのかも知れない。呼吸に合わせてごぼごぼと傷口から血が噴いていた。
アルミュも傷口を押さえる指の隙間から血が滴っていた。傷口を押さえたまま銃を構え、敵がこちらを窺おうと遮蔽物の隙間からのぞかせた額へ、正確に銃撃を行った。敵が後ろに飛んで行った。
最後に残った敵は、不利を察してか転進しようとした。
すかさずコールがその背中に銃弾を放り込んだ。
「コール君、負傷者を車に戻してくれ」
「しかし、少佐の傷も――」
「問題ない。これは命令だよ」
戸惑うコールを尻目に、アルミュは走り出した。
「トータツ急げ、こっちだ」
「傷は平気?」
「かすり傷だ。ちょっと大げさに血が流れている」
傷口を押さえたまま、アルミュは薄く笑った。
入り組んだ施設内で、トータツは自分が今どこにいるのか皆目見当が付かなかった。だが、アルミュは車の中だけで覚えたのであろうか、逡巡する素振りすらなく明瞭に駆けていた。
「どこへ向かってるの?」
「浄水池。――カバタ川から取水された水は濾過や加工を経て、最終的にそこに溜められる」
「……まさか――」
「まさか、じゃないよ。敵の水源を攻めるのは常套手段だ。トータツだって実習でやらなかったか?」
「じゃ、早く水道使用の中止を――」
「水道局が気付いてるだろう。それに、食い止めた方が早い! そんなことになったら王国の威信は失墜だし、修復するにしろ甚大な――っ!」
アルミュは隣を走るトータツを突き飛ばして、自身も道に転がった。彼らがいたところを一発の銃弾が通り過ぎた。弾は地面を撃ち抜き煙を上げる。
敵は一人、メーターなどが付いているごついタンクの上から射撃してきた。
トータツも把握していなかった敵に、アルミュは転がりながら銃口を向けた。そして、引き金を引こうとしたが、彼はそれが出来なかった。
肩の傷は知らぬうちに指の筋力を奪っていたらしい。そんな刹那の遅れから、アルミュは敵の放った銃弾に腹の中心を撃ち抜かれてしまっていた。
トータツも体勢を立て直すや応戦する。敵は小柄だが練達のものらしく、狼狽したトータツの銃弾など掠りもしなかった。
アルミュを仕留めたことで敵が笑った。
トータツはその顔に覚えがあった。ルジェだ。レーメラの駐屯地にいた彼がなぜここに!?
片手で射撃を繰り返しながら、もう片方の手でアルミュを敵の死角へ引っ張っていった。ちょうど弾が尽きて、弾倉をもう一つのものと取り替えた。
「アルミュ!」
トータツは大量の血を流している兄弟にも等しい人間へ呼びかけた。
アルミュの体はまるで力が入っていないように脱力していた。弾は体を貫通しており、彼の体を支えていたトータツの膝にまで、生ぬるい血が伝ってきた。
「……阻止しろ。……軍人なら……」
片息でもって怪我人が言った。簡単に雨に消されてしまうくらい弱々しい声で。震える瞼の隙間からトータツをのぞいている。
雨と血を吸い込んだアルミュの体を地面に寝かせて、彼は飛び出した。果敢に先ほどの敵へ迫っていった。
高いところに陣取った敵は賢かった。ちょっとでも上を向くと大粒の雨が目に入る。
トータツはまともに狙うことすら出来なかった。敵の弾丸をかわすのが精一杯の体で、起き上がっては地面に転がるというようなことを繰り返していた。
時間がない。焦れば焦るほどどうしたらいいかわからなくなり、再び遮蔽物の陰に退いた。
自分は軍人に向いていないのであろうか、弱気が脳裏をよぎったとき、あらぬ方で銃声が鳴った。あれほど余裕を見せていた敵が、どさりと落っこちた。
不意に今まで存在しなかった気配が出現した。
嫌な予感がして、恐る恐る顔を出してみると、少女が落ちた敵に止めを刺していた。
ルジェの体が泥の中で一回跳ねた。
走ってきたのであろうか、少女の口からは白い吐息が溢れていた。
トータツはのそのそと出て行き、新しい血に染まっている死体へ目を落とした。白目を剥き、だらしなく口を半開きにしてはいたが、骸はやはりルジェであった。
レーメラの人間だったのか。ならば、丁寧に死体を葬っていたのにも合点がいく。
「どうしてきたんだ!?」
少女が来なければ生きていられたかもわからぬと言うのに、トータツは怒りを隠そうともしなかった。
「……副官さんが大けがした人を連れてきて、――」
アノンに怒りをぶつけるのも、彼女の話を聞くのも、アルミュの手当すらも今は後回しにしなければならない。
トータツはアルミュが目指していた方向へ駆けた。




