episode 18 出撃・雨
新聞社は律儀に箝口令を守り、ウスタル国民にその脅迫文の存在を知らせることをしなかった。
街には警都隊が溢れ、少しでも怪しい人間を引っ張っていた。
新聞各社に脅迫文が送りつけられてから二日後、そんな緊張の中、カバタ中央駅、北駅、西駅の構内に同様の檄文が多数張り巡らされるという事件が起きた。
なにものかが深夜に忍び込み貼り付けたのである。北駅の守衛は殺された。
早朝の駅員の目に留まるが、乗客が来るまでにとても剥がしきれるものではなく、政府が新聞各社に布いた箝口令の内容は、広く王国民の知るところとなってしまった。
新聞各社や政府は、あたかもそれが第一報という風を装い、大慌ての体でレーメラ批判に躍起になった。
ウスタル国民、とくにカバタ市民のレーメラに対する怒りは凄まじく、その中でも、ウスタリカ号爆発で身内や大切なものを失った人間は、仇を討つべし、と今にも暴発する勢いであった。
そんなカバタの街で、レーメラ工作部隊の破壊活動が活発化した。この一週間、攻撃のない日はなかった。どれも小規模ではあったが、そのうちの半分くらいでは一人二人の死人が出ている。
新聞社はその情報を逐一国民に知らせなくてはならず、また自衛の方法や、今後の政局の予測、穏健派と強硬派の折衷など、書くことに事欠かない。
チェスカは家を空けることが多くなっていた。
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その日は朝から沛然たる風雨であった。灰一色の低い空には、時折雷が雄叫びを上げている。
この空合いでは到底客などは来るはずがない。トータツは早々に店を閉めてしまい、第四軍へ向かう準備をした。
夕方までには第四軍へ行く約束をアルミュとしていたのだ。湿気のせいだろうか、治っていたはずの傷口が疼きだした。
準備をしていたら、アノンがついてくると言い始めた。遊びに行くわけではない、と断ると、彼女はつまらなそうに俯いた。
降り籠めるような雨は、激しく飛沫を上げる。街全体が煙で覆われたようだ。
カバタ川にかかった市街と陸軍本部を結ぶ橋も、慌ただしく、在来の平静はなかった。
アルミュにもらった通行証をかざすと、拍子抜けするほど簡単に第四軍へと行くことができた。
地下へ下りていった先の煌々と輝くだだっ広い部屋が第四軍の司令室であった。司令室は妙な違和感で満ちている。ただ閑散としており、その奥で一人、金髪が椅子に座ってコーヒーを飲んでいるだけだった。
「トータツ。よく来た。呼び出したのは他でもない」
見てわかるだろ? と言うようにアルミュは腕を広げた。
水の滴る雨具を慎重に脱ぎながら、
「そんなに人がいないんだ?」
「言っただろ。第四軍、軍とは名ばかり」
「広い部屋だね。運動が出来る」
「射撃でもするか?」
慣れた手つきでコーヒーをいれると、湯気立つそれをトータツへ渡してきた。
アルミュは普段と変わらぬ様子であったが、トータツは彼の顔にいつもはない険しさを見て取った。
「本当にアルミュ一人しかいないの?」
「いや、いつでも車を出せるように副官のコール君に待機してもらっているよ」
「じゃ、二人だけ?」
「――せめて、第四軍も倍の人数がいればよかったんだが、今回の騒動が収まったら、是が非でも増員してもらう」
余裕のあるときの彼とは目つきが異なった。
トータツは勧められた椅子に腰掛け、コーヒーの湯気が揺らめくのを不思議に思いつつ、
「おれはなにをすればいいの?」
「悪いが、命を張ってもらうことになるかも知れない」
王国軍人として命をかけることに異存はなかった。
「――具体的には?」
「今カバタで暴れている連中は囮だ。本命が動くまで、僕たちはここを一歩も動かない。ひたすら待機する」
「囮?」
「ああ。あいつらはまったく無計画に破壊活動をしている。だから、規模が小さいんだ。まぁ、おかげで捕まえられないんだが。――事前に計画を立ててない」
「計画を立てないっていう計画かもよ」
「では、なんのために計画を立てないという計画を立てたんだ?」
「……攪乱するため」
「トータツ、一応、特認少尉にしといたから。給料が出るぞ」
アルミュは一枚の紙を机に置いき、サインの欄を指さす。
これに、サインをしたらもう後戻りは出来ないな、と正式な軍人になる喜びと、任務の重さがトータツの胸を行き交った。
ちょうどサインを終えたとき、慌ただしい足音が地上から駆け下りてきた。
コールが額に汗を浮かべて、
「少佐っ! ミンツ銃砲店が襲われましたっ!」
アルミュより、トータツの方が早く反応した。彼はそれを聞いたと同時に走り出した。
「待てっ! トータツ! どこに行く!?」
呼び止められたトータツはいらいらして足を止めた。
「………っ!」
「だめだ! 行くな。――僕は上官だ。これは命令だよ」
トータツは地面を一回強く踏み鳴らすと雨具を引っ掴み、アルミュの制止も、困惑している副官も置き去りにして地上へ駆けてしまった。
彼はそのまま市街へ繋がる橋を渡りきったときに、大きい雨傘を差した赤いコートの少女とすれ違った。
「――トータツ?」
ばりばりと雨雫が打ちつけるなかに、そんな鈴を鳴らしたような声が聞こえた。
反射的に振り返ると、傘を差し、ポケットに手を突っ込んだアノンが立っていた。
「なにやってんの? こんな雨の中」
「……ごめんなさい。ミンツのお見舞いに行こうと思ったの」
「方向が違うよ」
「トータツがいるところ、どんなところかなって――」
一台の自動車が水飛沫を上げて驀進してきた。音を立ててトータツの前で急停車した。
「トータツっ! 乗れ! 本命が動いた!」
後部座席の扉を開け放ちアルミュが叫んだ。
トータツはすぐさま飛び乗った。自分がアノンやチェスカや、カバタの人々のために役立てるなら、それをしない手はない。そんな利他心が唐突に芽生えた。それほど、少女が無事だったのが嬉しかった。
トータツが扉を閉めようとすると、少女が傘を投げて小さな体を無理矢理ねじ込んできた。
「なにやってんだ、降りろ!」
トータツは考えるよりも前に怒鳴りつけた。
少女はまるで意に介さず、どこにそんな力があるのか、トータツを押し込むと、扉を閉めてしまった。
「連れてって! きっと役に立つ!」
アルミュも無理に降ろすつもりはないらしい。そんなことよりも先を急いでいるように見えた。ハンドルを握るコールに早く出すように命令する。
車にはアルミュと副官のコール、トータツにアノン、それと、この情報をもたらした第四軍の兵士一人が乗っていた。
トータツの雨具に付いた雨水が狭い車の中で垂れていた。外との温度差のせいで、水を吸い込んだ服から仄かな湯気が上がっている。
少女は悴んだ手に息を吹きかけて暖めていた。
一体なんの役に立とうというのであろうか。自動車は人や物を掠めながら、連日の騒ぎでぎくしゃくした街を忌み嫌うが如く疾走した。




