episode 17 箝口令
銃砲店に戻ってみると、チェスカの部屋だけ明かりがついていた。
いつも不規則な彼女であるが、それにしても今日は早めだな、などとトータツは思って、彼女の部屋の扉を叩いてみた。
「――うーッ」パンを口いっぱいに咥えたチェスカがすぐに出てきた。彼女はようようの思いでパンを飲み込み、「――アノンちゃん。それどうしたの!?」
「え、あ、トータツがね、買ってくれたの」
「うそっ! すごくかわいいよ!」
「ありがとう。チェスカ」
チェスカは人さし指でトータツをつついて、
「トータツ君も隅に置けないねぇ。――で、二人はデートしてきたんだ?」
「チェスカ、違うの! わたしとトータツはミンツのお見舞いに行ってきただけだから。ね、信じて」
アノンはなにを思ったか、顔を赤らめて否定し始めた。
トータツは釈然としないものがあったが、彼女の言っていることに間違いもなければ、苦笑して黙りこくるしかなかった。
「パン買ってきたんだけど、あなたたちいないから先に食べちゃってたんだ。ねぇ、一緒に食べるよね? ――それとも、なにか食べてきた?」
「いや、なにも。じゃ、部屋かたすよ」
「うん。持ってく」
かたすといっても、机の上を簡単に拭くだけだった。
「また、随分いっぱい買ったね」
前が見えなくなるほど、食料袋を抱えたチェスカが入ってきて、机の上へこぼすようにそれを置いた。
「ねぇ、チェスカ。お願いがあるんだけど?」隣の部屋から出てきたアノンが控えめに、「もしハンガーとかあまってたらもらえない?」
お安いご用だ、とでも言うように、コートを抱えておろおろしているアノンの頭を一つなでる。チェスカは自分の部屋に取って返し、頑丈そうなハンガーを持ってきた。
アノンは礼を言って受け取ると、自分の部屋でがさごそやって戻ってきた。
トータツはいくら食ってもなくなる気配のないパンを貪りながら、
「チェスカさん、今日いつもより早くない?」
「うん。早いわよ。悪い?」
チェスカはポーカーフェイスでそんなことを言う。
「……別に悪くないけど」
それで、会話が切れてしまう。
アノンが心配そうに、
「――チェスカどうしたの? なにかあったの?」
「うん。あった」
「なにがあったの? 教えてよ」
「トータツ、無理に聞いたら悪いわ……」
「実はね……」チェスカは、はぁー、っと大きくため息をつき、「レーメラの工作部隊から新聞社に脅迫状が届けられました」
「……っ! どうして言わないの!?」
トータツは思わず立ち上がった。レーメラの工作部隊と聞いて、穏やかではいられなかった。
「だ、だって、箝口令布かれたんだもん。政府の役人がどばどば、って来て」
「じゃ、言っちゃだめじゃ――」
「だから、トータツ君、言いふらさないでね。アノンちゃんも」
「で、なんて脅迫されたの?」
「……箝口令だから言えない」
「言いふらすよ」
「うっ、アノンちゃん、わたしトータツ君にまで脅迫されたぁ」
チェスカはアノンを頼り、泣き真似をしてふざけていた。
「ちょっとチェスカさん、いいじゃない。もう言っちゃんたんだから。誰にも話さないから」
「――まったく、しょうがないなぁ、本当に誰にも言っちゃだめだからね」チェスカはポケットから小さいメモ帳を取り出して、「脅迫文の全文、密かに写してきたから」
「ばらす気満々じゃない」
「……これでもジャーナリストの端くれですからね。えっと、『①ウスタル軍はレーメラ領内より、速やかに撤兵すること。②不当に監禁しているロノーム将軍を即刻解放すること。③この二つの要求を新聞各社は一両日中にウスタル国民に知らしめること。④以上の要求が満たされぬ場合、第二、第三のウスタリカ号が爆発するであろう』だってさ。――これってさ、ウスタリカ号を爆破したのはこいつら、ってことなのかな?」
「………」
「ちょっと、トータツ君聞いてるの? ――アノンちゃんはどう思う?」
黙り坊のトータツは後回しとばかりにチェスカはアノンに回答を促す。
「わたしはチェスカの言う通りだと思う。――ねぇ、将軍ってだれ?」
「え? ロノーム将軍のこと? レーメラ反乱軍としてそれなりに有名な人よ。やっぱり、彼が捕まったっていう噂は本当だったんだわ」
アノンは小声で、「……ロノーム」と呟いたきり、なにか考え込むようにして、食事の手も止まってしまった。
「チェスカさん、やっぱりこれは箝口令で正解だよ。こんなことが世間に広まっちゃったら、下手したら収拾がつかなくなるし――」
「わかってるわ!」突然捲し立ててきたトータツを制して、「あなたたち以外には言わない……。でも、もしウスタリカ号が事故なんじゃなくて、意図的に爆発させられたっていうなら、わたしはそんなの許せないっ!」
チェスカは悲しそうに、また突然に、怒りを露わにした。チェスカも事故ではないと思っているのだろう。
死者の数は二千人以上となり、建物やその他資産への被害も甚大だった。
トータツとて、許せないのは同じである。彼は王国に忠誠を誓う軍人である。敵が再びあのような悲劇的攻撃を繰り返すというのであれば、一命に変えても食い止める。




