episode 14 重要参考人
眠たそうに欠伸をしながら、閑散とした第四軍の司令部でアルミュはコーヒーを飲んでいた。一回身震いをすると、ヒーターの吹き出し口までいって手をかざした。
「少佐! どうしてわかったんですか!?」
コールが転がるようにして来る。
「ん? なにが?」悠々閑々としたアルミュが振り返る。
「ミンツ銃砲店ですよ! 少佐が昨日張り込むように指示した。――つい先ほど襲撃された模様です。それが少佐の睨んだ通りレーメラの工作部隊の仕業らしく――」
「すぐ自動車を回してくれ。行こう」
「了解しました!」コールはたちどころに駆けだした。
飲みかけのコーヒーをその場において、コートを引っ掴むと、足早に地上へ続く階段を上った。
「でも、少佐はどうしてミンツ銃砲店がやつらに狙われるとわかったのですか?」
先ほどの疑問が解けないらしく、ハンドルを握りながらコール副官は再度尋ねた。
「なんとなく、だよ。なんとなく」
気のない返事をして、アルミュは窓にもたれかかっていた。
死体が五体転がっているという情報を受けている。彼は銃砲店までの距離にいらついているようでもある。夜の静寂に響く自動車の音はどこか間抜けであった。
ミンツ銃砲店には近所の野次馬と、下っ端の警都隊が二名いるだけだった。
アルミュは、ここは第四軍の持ち場である、と宣言し、警都隊二名を追い返してしまった。
そのうち、自動車に後れを取っていた第四軍の部隊数人が駆けつけた。野次馬を全員帰らせて、現場を封鎖してしまった。
店の中はガス爆発でも起きたような有様だった。ショーケースは砕け、硝子や商品が重なるようにして床にぶちまけられていた。
「で、トータツ。なにがあった?」
封鎖を終えて、ゆっくりとトータツに話しかけたとき、部下が彼に耳打ちした。
封鎖してあるはずなのに、尊大な様子の警都隊の長らしき男がずけずけと銃砲店の中まで入ってきた。アルミュはしかめ面で警都隊長を迎え、
「なんですか、あなたは?」
「ここの責任者は誰だ!?」警都隊長は居丈高に言い放つ。
「自分ですが。――アルミュ・ナガツギです」
「おまえ……いや、あなたがナガツギ少佐か。――お噂はかねがね」
「ほう。どんな噂ですか?」
警都隊長は気まずそうに目を落としたが、すぐに威厳を張り直して、
「失礼だが、現場を渡していただきたい」
「どうして?」
「これは異なことを。王都で起こった事件の解決はすべて警都隊の職務である」
「それは違います。例え王都で起こった事件にせよ、国家的、もしくは国家に準ずる組織的な犯罪の場合は第四軍がこれを粛清することになっています」
「……では、これはまさか……」
警都隊長に向けてアルミュは続ける。
「賊は今わたしの部下が追ってます。よかれと思ってやったことでしょうが、こちらに断りもなくああいう真似をするのは今後やめていただきたい」
警都隊長は鼻息荒く店を出て行こうとしたが、アルミュは慌ててそれを呼び止めた。
「隊員を引き連れてきたんでしょ? 申し訳ないがそこに転がっている死体を全部持っていってくれませんか?」
警都隊長は今度こそ憮然として店を出た。が、職務放棄をするわけにも行かず、部下を乱暴に急かして死体を回収させると早々に立ち去った。
「――しかし、まるで戦場だな」
アルミュは壁一面に綺麗に並んだ弾痕を指でなでた。
「ああ、それは……」トータツは口ごもる。
「機関銃だろ? 見ればわかる。機関銃は御法度だよ。……あの店主だな」
万が一没収されたりでもしたらもう二度と手に入らない。トータツはミンツに機関銃だけは絶対に死守してくれるよう頼まれていた。
そのミンツは、機関銃の重さに耐えきれず、ぎっくり腰が再発。騒ぎに駆けつけた近所の人の馬車に乗せてもらい、病院へ直行していた。
チェスカもその付き添いで一緒に行ってしまい今はいなかった。
「で、トータツ。なにがあった」
仕切り直しといったように、アルミュは瓦礫を払って階段に腰掛けた。
トータツも疲れたようにその横に座った。レーメラ以来の戦闘だった。まだ少し興奮が治まりきっていなかった。
「いや、別に特にないんだ。いきなり銃声がしたかと思ったら、やつらが侵入してきて……」
トータツは連中が誰かを呼んでいたことに気づいていた。が、アルミュにそれを話さなかった。
「表のチンピラはなに? 全員一発で頭を撃ち抜かれていたけど。一人は腹だったかな?」
「あれは地上げ屋。この土地を買い取ろうとしていた。道路が出来て土地が高くなるんだって」
「あいつら油撒いてたぞ。火点けられてたら店は壊れるんじゃなくて、なくなってた。――レーメラの工作部隊に感謝しなきゃ」
「レーメラの工作部隊……!?」
トータツは瞠目する。
あらら、と困ったようにアルミュは金髪をかいていた。
「言うなよ。トップシークレットだ」
「どうしてレーメラの工作部隊がここに!?」
「……アノン君。おまえだって気づいてるんだろ?」
僅かな間をおき、アルミュはしらっと言った。
トータツもあの少女がなにかを意味していることはうすうす感ずいていた。だから、先ほどの族が誰かを捜していたこともアルミュに喋らなかった。
「アノンがレーメラ工作部隊とどんな関係があるっていうの?」
「さぁ。そこまではわからん。――アノン君は今どうしている?」
「……二階にいる。――どうするつもり?」
自分の感情を読み取られまい、とトータツは無理矢理気持ちを静めて平静を装った。
「どうしようか? 今すぐ逮捕しても構わないのだが、記憶がない人間を取り調べたところで時間の無駄だし、まぁ、しばらくはおまえに預ける」
アルミュは立ち上がると、ぽんとトータツの肩を叩き、そのまま出て行こうとした。
「――アルミュ」
「ん?」
「恩に着るよ」
「重要参考人だ。しっかり守ってくれ」
そう言い残し、手を挙げて車に乗り込んでしまった。
第四軍が帰ってしまうと、偽りのように店の中がしんとした。
ガス灯を落として、みしりみしり、と自分の部屋に戻ってみると、明かりを点けたままちょこんと椅子に腰掛けた少女が起きていた。
彼女の背中からは、戦闘の興奮よりも、寂しさといったものが滲んでいた。
トータツは思わず、パジャマを着ている小さいその肩に触れてしまった。すると、アノンの体がぴくりと動いた。
純粋な同情からそうしたのであったが、トータツは我に返ったかのように慌てて手を除けた。
「寝てればよかったのに」
そんな理不尽な言葉をかけてしまった。言ったりやったりすることすべてが、全部悪い方向へ転がりそうな予感。
「眠れないの。なんとなく」
「――ミンツさん大丈夫かな? でも、びっくりしたよ。機関銃で掃射するんだもの」
「確かに。自分のお店なのにね。――わたしはチェスカのことが……」
少女は言いよどんで項垂れた。
「チェスカさんは転がった死体見て動転してただけだから。大丈夫だよ」
チェスカは戦闘が終わった後、怯えるようにして死体と銃を持つ少女を見比べていた。ミンツの介護とは口実で、彼女はここに残ることを恐れた。
トータツにはその恐怖がわかった。少女にももわかったのかも知れない。
こんなことを言ってみた。
「――助かった。一緒に戦ってくれて」
少女は不思議そうにトータツを見上げた。
「アノンが一緒に戦って食い止めてくれてなかったら、みんなやられてたよ。おれ一人じゃ到底防ぎきれなかった」
「そんなことない。……トータツ。あの人たちは――」
「もう遅いから寝よう」
少女が喋り出さぬように、トータツは欠伸をした。
わざと大げさにソファーに倒れ込んでみた。
「……うん。おやすみ」
少女は囁いて自分の部屋の扉を閉めた。
明かりを消してソファーで横になっていたトータツだったが、結局自分の予感が当たったのか外れたのか、判然としない。
ただ、少女の考えていることが、少女の立場が、手に取るようにわかるから、朝が来たらもっと守ってやらなければならないと誓った。
なぜなら、彼女は重要参考人である。そんな冗談まで浮かんだ。




